第38回(2003年1月1日)*アンティーク・レース
アンティーク・レースで何を思い浮かべるでしょう?
17世紀の絵画で男の人の衿に白くて、丸い輪がついている。
袖口にも白い物がついています。
18世紀や19世紀の絵画や版画を見ると、男女ともレースを身に着けています。
教会のお坊さんや祭壇にもレースが使ってあります。
男女とも、厚手の絹でできたドレスや上着を早々に洗濯する事ができません。
それで、取り外しのきく衿や袖、ジャボ(男子の胸飾り)、ジレ(衿と前面だけのブラウス)が多用されました。
お屋敷の主人は使用人達が宿下がりの時に自分の使っていたレースをプレゼントしてました。
こういう話しは昔、日本でもあった。着物とか食器とか。
1600年代と1700-1800年代はレースを使っている所は同じでも、レースの種類や形が違う。
1600年代のレースは厚手の目の詰まったレース。ニードルレースです。
1700年代に入ると薄いレースを着けている。ボビンレースが出てきた。
1800年代後半のイギリスでは黒いレースのストールや黒いドレスに白い衿が流行。
ビクトリア女王の影響。
数百年前も今と同様、流行はめまぐるしく変わっていたようです。
レースはヨーロッパ各国で作られて、逸話にも事欠きません。
裏切り者の側近とされて首を切られることになった息子の命を救うために
母親が当時のイギリス女王に献上したのは金糸銀糸で作ったアイリッシュ・クロシェの上着でした。
又、素晴らしいレースをお城とを交換した話もあります。
希少価値のある高価な物で、大きなベールやドレスは製作に何年も必要でした。
レースの技法は修道院や少人数グループの秘法だったのですが、
各地方で飢饉が起こると、修道士や尼僧や技術を持つ人が秘法を公開し、
村中でレースを製作するようになりました。
レース作りは徐々に各地方の大切な産業になっていきました。
ここまで読んで、レースを「作る」とは言うけれど「編む」と言ってないのは何故?と気になるでしょ。
なんでかと言うと、レースは編み物(knitting)で作る物もあるけれど、織物や刺繍で作る物も多いからです。
ボビンレースはどう考えても「織物」で、台の上でたくさんのボビン(棒状の糸巻き)を動かして作ります。
糸が交互に重なるので、織り目は碁盤の目になります。
台(ピロー)側が表面になり、作り手は裏面を見ながら織り進みます。
ニードルレースは「刺繍」です。
空中で作る刺繍。 不思議でしょ。
最初は土台があるんです。
芯になる糸を仮止めして、それを軸に糸を繋いで刺繍していきます。
最後に仮止めの糸を切って、土台をはずします。
他にも色々種類がある。
ネット地に布をアプリケしたり、カットしたり、金属糸を使ったり。
太く見える糸を拡大鏡で見ると、実は極細糸を何本も束ねた物だったとか、
細い糸を三つ編みのように編んであるので太く見えるのだとわかります。
一見、同じレースに見えても、糸の通り方が違う物も多々あります。
白い薄布と思っていた物が、実はすごい工芸品だとわかると、
興味が湧いて、知りたくなります。
何年頃にどこの国でどんなレースを作っていたのか。
レースの種類はどうして見分ける?
どこがどう違う?
どういうデザインが簡単で、どんなのが難しい?
誰が、どんな使い方をしていたの?
イギリスのレース界30年のベテラン2人から5年、
日本でも、ボビンレースの先生からはボビンレースについて、
その他18-19世紀のレース製造機、ニードルレースやフィレレース、タッチング等々、何人もの先生に教わりました。
私は何にも作れないのですが、見分け方と作り方、糸の動き方だけ。
古伊万里のお皿を作ったり、マイセンの絵付けはできないけれど、品物の善し悪しと時代を判定するのと似ている。
レースの種類、産地、時代、機械かハンドメイドか。
どこの国の何年頃の何という種類のレース?
糸の種類は? 作り方は?
初期の機械レースも面白い。最後に手仕上げをするのもある。
拡大鏡片手に、楽しい時間が過ぎていく。
見分けるポイントはたくさんある。
全てのポイントをクリアして、最終的に何者かを決定する
これ、実は骨董品全部に言えることなのです。
ぱっと見て、第一印象で決める。・・ここで「変や」と思ったらもうダメ。
じっくり観察して、手で触って、知識で攻める。
もう一度、見直して決定。
ホント、骨董の分野は広く、奥が深くて面白い。
by mikiris
*1月11日発売「私のアンティーク」(学研)でレースの解説と監修を担当しています
レースの種類と技法、手入れと保管方法のお勉強ページです
第39回(2003年2月1日)*マラッカで骨董を買う
マラッカという響きはどこかエキゾチック。
古くは1400年頃にマラッカ王国が建国された。
マラッカ海峡を征する者は東南アジア貿易を征すると、各国がこの王国を脅かした。
そこでマラッカ王国は中国、明王朝の保護を受け、西、東、南アジア一帯と広く交流を行った。
1511年、ポルトガルがこの国を侵略した。
当時、世界で力を持っていた国が順にマラッカを手に入れ、マラッカの統治の歴史に反映されている。
17世紀中頃から150年ほどオランダが統治、その後はイギリスが統治した。
日本も太平洋戦争の時に侵略した。
これによって、マラッカは東洋と西洋の文化が入り交じった、特異な文化を持つ町となった。
町にはマレー人、インド人、中国人とその混血でニョニャ、ババと呼ばれる人などが住む。
建物は各国の統治時代のまま残り、オランダ広場の市庁舎は"stadhuis"(スタッドハウス)とオランダ語で名前が書いてある。
一瞬、オランダの町みたい。
近くの橋からの眺めは中国の蘇州か桂林のように美しい。
イスラム教のモスク、キリスト教の教会、中国の寺院。
ポルトガル広場に行けば、ポルトガルに来たみたい。
実は、この正月にマレーシアへ行ってきました。
1年、365日、骨董から離れることがなかったので、ちょっと離れてみました。
、、、の予定でした。
が、やはり3日もすると我慢できない。
中国人街、インド人街、ショッピングセンターやマレー系の繁華街。
骨董探しでウロウロ。 でも、何もない。
マレーシアは100年以上経った物を国外に持ち出し禁止です。
入国する際も2500ドル(約30万円)以上持って入る時は申告が必要です。
そう言った理由で町に骨董屋さんがないのか、クアラルンプールが新しい町なので無いのか、、
かつて、マレーシアの首都はシンガポールでした。
シンガポールが独立して、クアラルンプールが新しく首都になりました。
1965年8月の事です。
私が小学生の時に首都が変わったので良く覚えています ( ^o^)
ツインタワーの中やホテル隣接のショッピングセンター内に骨董屋さんは有るのですが、ピンと来ない。
日本の明治時代、印判尺皿10万円、欠けた印判茶碗を1個売り、ウイローパターンの6寸皿2万円。
30年ほど前のインドネシア、バティック布が1枚で6〜8万円です。
「クアラルンプールに骨董屋さんは無い!
マラッカに行けば、骨董屋さんがある!」
朝から市内の長距離バスターミナルへ行き、窓口で次に出るマラッカ行きのバスのチケットを買う。
バスターミナルは人がいっぱいで客引きも多く、暗くてゴミゴミした建物。
チケット売場は、日本の電車の駅の窓口みたいなのが20個ほど並んでいる。
この窓口は行き先別ではなく、バス会社別です。
ここでも客引きがキツイ。
マラッカ行きのチケットは 8リンギッ(250円)。安い!
クアラルンプールからマラッカはこの高速バスが一番便利。
バス乗り場はチケット売場の地下、電気もない真っ暗な所にエンジンをかけたバスが20台ほど並んでいます。
チョー、空気が悪い。
高速道路でも道はガタガタ、又はバスがオンボロで良く揺れるのか、2時間ちょっとの行程です。
マラッカでは町はずれの長距離バスターミナルに到着。
そこから町の中心までタクシーで10リンギッ(320円)。 乗って5分なのにー、高い。
これは固定料金で、どのタクシーでも自転車のリキシャーでも同じ値段です。
歩いても20分くらい。
町の中心、オランダ広場から道が放射状に出ていて、骨董通り、古き良き時代の町並み通り、
ショッピングストリート等々。
広場の周りには銀行が何軒も有って、お買い物の途中にお金が無くなっても便利。
通りには町の両替屋もある。
骨董屋さんは何軒もあり、結構楽しい。
昭和初期の掛け時計、オランダのお皿、中国の壺。
イギリスのヴィクトリアン・タイルやガラス。
日本の「旧1円銀貨」もありました。
昭和プレスガラスは色付きの5寸皿やクリアの3寸皿があった。
日本で買うより高い、かな?
タイムスリップをしたような町の中で買い物したり、お茶を飲んだり。
道では自転車やトライショーで毒々しい色の食べ物を売っている。
色は毒々しいけど、不潔なことはない。
マレーシアはどこに行っても清潔で、癇性持ちの私にピッタリの国。
道にゴミも落ちてないし、トイレも清潔、臭いなし。
広場の屋台も清潔な感じ。
今回は食べなかったけど、麺類やサトウキビのジュースは次回に是非、試したい。
マラッカでの戦利品を2点、新着ページにUPしました。
昭和初期の三毛猫ちゃんと時計型のカレンダーです。
by mikiris
第40回(2003年3月1日)*西洋骨董店のおやぢ達
西洋骨董店はアンティークショップとはちょっと違う。
近頃のアンティークショップはホーロー缶やキャラクター人形等も売っていて、店主も若い。
西洋骨董店には、その店のオヤジが選び抜いた本当に古い物しかない。
オヤジ達は50代や60代であるのだが、英語やフランス語が堪能だったりする。
その年で外国語がペラペラと話せるのは、普通の人生を歩んできたのではないと想像する。
ある骨董店主はかつて、シベリア鉄道でスウェーデンへ行った。
商社の駐在員だった。
彼はそこでアンティークに出会い、ハマッてしまった。
ある骨董店主は若い頃、船でフランスへ行った。
美術の勉強の為に留学したのだが、いつか現地で骨董店を開いていた。
他にも、海外駐在員だったことから西洋骨董に触れ、トラバーユしたケースは多い。
西洋骨董店で扱う品は、店主が行き慣れた国の物が多い。
ある骨董店主はいつもイラクへ仕入れに行く。 ドバイ経由だ。
西洋骨董店のオヤジ達はある分野に造形が深い。
大抵、自分がコレクターだったり、興味を持って何かを追いかけていたりする。
その分野の品物を見るチャンスも多いし、勉強もする、情報も豊富だ。
ある店主に数年前に会ったとき、腕にはパテック・フィリップの時計があった。
知る人ぞ知る、アンティークの逸品だ。
オヤジなのに店主達は流行の先を進んでいる。
と言うより、オヤジ達が密かにブームを作っているのかも知れない。
ブームと云うのは、タイミングを間違えるとただのオタクになってしまう。
しかし、先を行くには他の人より先にブームになっておかなければならない。
さりげなく、マイブームを続けている。
世の中、なかなか難しい。
オヤジ達と話しをすると面白い。
テンポが早くて、洋骨董や外国の面白い話をいろいろと聞かせてくれる。
マイセンの大きなピースをこんな風にして持って帰った、とか
片田舎の教会のバザーでこんな物を見つけた、とか
ヨーロッパの有名窯の戦いの歴史とか、
これからはどんなアンティークが狙い目とか。
オヤジ達の特徴は物事を断定しない。
浅はかな知識しかない人は物事を断定する事が多い。
しかし、色んな物をたくさん見てくると断定できない。
特に骨董の分野は知れば知るほど、奥が深い。
オヤジ達はいつも
「これは貴方の言うとおりかも知れないが、私にはこう見えるんだなぁ」 と言う。
こういう理由から、そのように見える、と説明してくれる。
決して、説得したり、押しつけたりしない。
オヤジの意見に納得するか、しないか、本人次第。
思いこみの激しい人や自分に自信のある人は、もちろん納得しない。
「あのオヤジは何も知らない。 嘘ばっかり」 と思う。
その時のオヤジ達の顔はちょっと悲しそう。
でも、何にも言わない。
しかし、時が経って、似たような物をたくさん見て調べていくと
「あの時のオヤジの言ったことは正しかった」
と冷や酒のように効いてくる。
多用多彩な経験をして、多くの人とつきあい、あちこち海外を飛び回るオヤジ達は
年下の知ったかぶりの頑固者にも限りなく優しい。
もちろん、私にも優しい。
by mikiris
第41回(2003年4月1日)*アンティーク・タイル
レンブラントやフェルメール、ヤンステーン等の17世紀オランダ画家は室内や庶民の日常生活を多く描きました。
絵の中をよく見ると、部屋の隅っこにタイルが貼ってある。
もっとよく見ると、そのタイルは子供の遊び(kinderspeelen)シリーズだったり、鳥(vogel)だったり、
天使(amor)だったりします。
暖炉の周りに人物(mensfiguren)や船(schepen)シリーズを貼っている家もある。
海洋国オランダは昔も今も船タイルが人気です。
こんなタイルを壁に貼った家に住んでいると毎日が楽しいだろうなー
で、簡単なオランダタイルの歴史です。
16世紀初頭にイタリア人陶工がアントワープに引っ越して来たのがオランダ陶器の始まりです。
16世紀末、スペインとの独立戦争で避難した陶工たちによって、北のハーレムやデルフトに広がってゆきました。
17世紀初頭、VOC(Verenigde Oostindische Compagnie)が設立され、
香辛料、茶、絹の貿易権を手に入れたオランダのゴールデンエイジが始まりました。
建築ブームが起こり、インテリアと清潔さを兼ね備えたタイルが人気を呼び
日本で「うだつが上がる」と言うようにオランダでは室内にタイルを貼ること、
特に客に見える玄関の腰板や応接間の暖炉に絵を描いたタイルを貼るのがステイタスでした。
初期の頃(1590−1620年)にはイタリアのマジョリカ焼きの影響で色絵タイルが多く作られました。
その後、中国から輸入された染付磁器に人々の人気が集まり、ファッションも地味な色が好まれた為
次第に華やかな色タイルは姿を消し、白地に青で絵付けしたブルータイルが製作されるようになった。
オランダの焼き物はデルフト焼きが有名ですが、タイルはオランダ各地で生産されていました。
南のミデルブルグや北のホールンにもタイル工場があった。
そして最盛期の1650年頃、ロッテルダムに14軒、ユトレヒト、ハーリンゲンにも多数のタイルメーカーが存在した。
アムステルダムも、大生産地だった。
デルフトには最盛期には34軒の陶器メーカー、そのうち10軒がタイル生産をしていた。
だけど1660年頃に不況が訪れ、建築ブームの終焉により、工場は閉鎖されてゆく。
その後も歴史は繰り返し、1740−1800年にブームは起こり、
その後の不況では多くのタイル工場が閉鎖に追い込まれた。
デルフトのタイルメーカーは18世紀には1軒のみとなり、
アムステルダムのタイル工場は1850年に最後の1軒も火を消した。
現在、昔ながらのオランダタイルを作っているのはマッカムとハーリンゲンの工場のみです。
同じ工程で作っても、窯も土も釉薬も違っているので昔と同じタイルは作れません。
1590年から現代まで、この素材は微妙に変化しています。
これがタイルの年代を見分けるポイントになります。
タイルの年代の見分け方は大きさ、厚み、土、釉薬、図柄、コーナーモチーフを総合して見分けます。
詳しくは次回のタイル展の時に紹介致します。
最後にタイルの製作工程
1.土を混ぜて陶土を作る
2.木型に入れて成形し、カットする
3.窯で素焼きする
4.錫釉をかける
5.絵付けする
6.上薬をかける
7.もう一度、窯で焼く
by mikiris
第42回(2003年5月1日)*ネットで骨董
骨董店巡りと骨董祭に行くのが大好きな私にとって、インターネットほど面白い遊び場は他にありません。
「お気に入り」に「骨董」のファイルを作って、その中に面白い店をいっぱい詰め込んでます。
毎日が骨董祭で、あっちこっち巡回してます。
よく行くサイトは、やはり更新の回数が多くて商品説明がしっかりした店。
何度行っても更新してなかったり、売れた物が何ヶ月も放ったらかしの店には足が遠のく。
お気に入りの和骨董の店は少なくて残念だけど、どの店も商品について細やかに説明がついている。
品物の由来や説明、傷の状態を示してあり、初めて目にする物も多く、とても勉強になります。
骨董店だけでなく、品物が生まれてから今までの歴史を探る-と言うのも面白い。
店主がイギリスで見つけたビスクドール。
生まれは日本です。
瀬戸のビスクドールについて調べてみました。
1900年代初頭、ドイツではビスクドールの生産が活発で、ほとんどをアメリカに輸出していた。
第一次世界大戦勃発で、アメリカはドイツから輸入できなくなった。
以前からビスクドール生産を研究していた日本の瀬戸にある会社が代わりに輸出するようになった。
大正時代に瀬戸で作られた、身長10cmの人形が、アメリカからイギリスへ渡ったのか、
日本から直接イギリスへ輸出されたのか、100年経って日本に帰ってきたのです。
何人の持ち主の手に渡ったのか知る由もないが、汚れてもいないし、壊れてもいない。
イギリスで洋服を新調してもらい、大切にされていた様子。
手のひらに乗るような小さな人形にもこれだけの歴史がある。
ネットでちょっとした説明文や単語を次々に検索していくと、情報が流れ込んでくる。
こんな面白いこと、ヤメラレマセン。
私の「お気に入り」の店にレトロ・グッズの店がある。
子供の頃、足をはこんだ「当てもん屋」に有った物。
漫画のキャラクター、アトムやオバQ、サリーちゃん。
ノベルティー・グッズもある。
色んな商品に付いてくる景品。
「あー、昔こんなんあった」
「私も持ってたー」という面白グッズいっぱいの店。
仕入れは楽しくて、大変だろうなー。
知り合いの骨董屋さんから
「○Xさんの店行ってみー。 面白いよ」
と言われて訪問するようになったHPがあります。
時々、欲しい物が有るけど、いつも出遅れて他の人に買われてしまいます。
「チクショー、今度こそ同じのが出たら買ってやるー」
と見張っているけど、同じ物が同じ値段では出てこないですね。
ネットで骨董を買うのは、結構難しい。
伊万里の皿を買うとする。径 20cmとしてある。
盃洗の高さ 14cmとしてある。
比べる物がないと、ピンとこない。
和食器を買いなれている人なら
「7寸くらい、とか 5寸にちょっと足りない」とかすぐわかる。
この大きさを目安に覚えておくと便利です。
色を見るのはなかなか大変。
実物を想像して「こんな位かと思う」
大抵は良いほうに想像しすぎ。
先日もガラスの色を表現するのに
「ラムネの瓶を薄くした色」で理解していただけました。
同世代の人には通じても、10代には通じない表現かな。
和骨董店は商品の正面、横、裏、内側と何枚も画像を入れている。
説明も時代にも詳しく紹介していて親切。
西洋物のアンティーク・ショップは概して画像が少ない。
サムネイルを拡大しても同じ写真が少し大きくなっただけの店もある。
裏はどうなってるんだろう?
中はどうなってるんだろう?
想像をかき立てられる。
テレビ・ショッピングよりラジオ・ショッピングの方が売れるらしい。
画像が少なければ少ないほど、良いほうに想像が働くのでしょう。
かくして骨董店ネットサーフィンと検索に没頭して時間が過ぎてゆく。
気が付いたら何時間も飲まず食わずでPCの前に張り付いていることも、、、
ハ〜、目薬、目薬。
by mikiris
第43回(2003年6月1日)*チップ
男物ズボンのベルト付近に小さな隠しポケットがある。
常々、これは何を入れる物ポケットか不思議だった。
周りの男連中に聞くと、
「このポケットは鍵を入れる為の物」 とか 「飾りや」 とか
店主に聞くと
「切符を入れるポケットや。なくすとアカンやろ」と嘘くさい。
男という人種は 「知りません」 「わかりません」 と言えない輩。
知らないことでも”ええ加減”な答えをしてごまかす。
で、私が考えた。
「チップ用の小銭を入れておく場所ではないか」。
実際にそこからコインを出して、渡しているのを見たことないけど。
外国に行くと、頭の痛いことの一つにチップがある。
渡すべきか、渡さざるべきか。
渡すなら、どれくらい?
数年前にロンドン在住の友人たちと夕食に行ったとき、
食事が終わって支払いの場面で、料理代とサービス料を足した上に10%のチップを置くと
「えー!チップなんか置くの〜?」と言われてしまいました。
最近はチップ無しでも通る世の中になってきた。
20年も前の話、フランスのカフェでコーヒー代金を払って出ようとすると
カウンターの中から 「ヘイ、チップも置いて行けよ」
私が 「サービス料込み ( service compris ) じゃないの?」
カウンターの男、「サービス料 (service) とチップ (pouvoir) は別だ」
しかし時代は変わった。
レストランはサービス料がついているので、追加のチップを渡さない人が増えている。
年輩の人たちは渡しているようだけど、今時の若者は渡さない人が多い。
タクシーは相変わらず渡す習慣が残っている。
端数を切り上げたり、切り下げたり。
近場で大きな荷物を持って乗ったときは少し多い目。
料金の10%が目安です。
ホテルでは荷物を運んでもらうと、イギリスなら1ポンド、そのほかヨーロッパは1ユーロ。
大きなホテルでも人手不足なのか、チェックインの際に
「荷物は自分で部屋まで運ぶか、誰か要るか?」 と聞かれます。
大抵は自分で運びます。
チェックインから部屋に入るまで、スタッフが面倒を見てくれるホテルもある。
チップ習慣に慣れないので、こんな時は
「いくら渡そう。。。」 「良いタイミングで渡せるか?」
緊張してドキドキ。
先に小銭を用意しておいて、ボーイさんが部屋を出るときにすれ違いざまにサッと渡す。
チップを受け取るのに慣れている人の手はバトンリレーの選手のように
手のひらが上を向いて身体に沿っている。
ホテル到着の最初のキンチョー場面。
「よしっ、うまくいった!」
「チェッ、ちょっとぎこちなかったか。。。素人と見破られたかも知れない。。。」
上手にチップを渡す人を観察していると、何かサービスを受けた後
「サンキュー」とお礼の握手をする感じで、渡している。
うまい! すご技!
アメリカは未だにチップ天国。
友人がニューヨークの美容院に行きました。
受付嬢、シャンプーボーイ、カット、パーマ、仕上げ、クローク。
10分ごとに担当が代わって、その度に「サンキュー、サンキュー」とチップ。
1ドル、2ドルと最低ラインで渡していてもすごい金額。
周りを見ると、皆、慣れた様子で渡している。
剛気なマダムは10ドル渡して、シャンプーボーイの手をギューと握るとか・・・←ウソ
ヨーロッパやアジアの国でなくなりつつあるチップの習慣。
料金に上乗せされたサービスを受けたとき、優しい心遣いが感じられたとき、
行きずりの旅人でも一期一会、何かお礼がしたい。
「ありがとう」の言葉と共にチップを渡す。
よい習慣ですね。←これもウソ。
本当にこんな、面倒くさい習慣、世界中で廃止してくれー。
by mikiris
第44回(2003年7月1日)*アンティークのお手入れ
お気に入りの骨董品を手に入れたら、
「嬉しい、嬉しい、大好き、大好き」 で毎日が楽しい。
使ったり、飾ったり、アイデアも色々と湧いてくる。
しかし、骨董品を手に入れた人は楽しむ権利を得る代わりに
次の世代へ伝えていく義務もあります。
長年、大切にされてきた物を自分の代で壊したり、捨てたりしてはダメ。
次に誰かにプレゼントするか、売るか、誰かに相続させるか、
それまでの間、上手にメンテナンスして渡してあげましょう。
伊万里などの焼き物は手に入れた時に大変汚い事が間々あります。
どこかの蔵の中で何百年も埃にまみれて居たのだから。
海外で仕入れた物も、誰がどこでどんな使い方をしていたか不安。
そんなの、家の食器棚に「すてき、すてき」と入れて、おかずを入れるなんて、以ての外。
超清潔好きで癇性持ちの私には耐えられない!
染め付け、釉薬の下に青で画が描いてある物はハイターします。
台所でキッチン・ハイターを薄めて一晩浸けておく。
汚れのひどい部分は翌朝、原液を歯ブラシにつけてこする。
色絵と金彩はハイターに弱い。
低い温度で焼くので、蒸着が弱い。
ハイターの原液で歯ブラシをゴシゴシすると、金も絵付けも取れてしまう。
中途半端に残った金はこうして取ったりするけど。
熱湯消毒はお勧めじゃないなぁ。
生地の中にスが入っているかも知れない。
漆器は好きな方じゃないけど。。。
古い漆器にはカビがついている物が多い。
ぬるま湯と布巾で洗ってみて、きれいにならなかったら、コンパウンドを使う。
漆用のノンシリコン・コンパウンドで液状の微粒子。
車のスリ傷もこれで消える。
銀器は専用フォームで磨いて、洗剤で洗うだけ。
ハイター、熱湯消毒は絶対やめて。
大変な結果になって、ひどい目に遭います。
レースの敵は「紫外線」「酸素」「手垢」です。
せっかく手に入れたレース、あまりうるさい事を言うと、何にも楽しくない。
大切に保管して、時々眺めて楽しむ人なら、プラスチックの密閉容器に酸化防止剤を入れて、
冷暗所に置いておく。
額装するのも、良い状態で長持ちさせる方法です。
小窓のカーテンに使うなら、寿命は2〜3年。
遊びで使える程度のレースを選んで下さい。
洗わない方が良いけれど、どうしても洗いたい人は
洗面器に重曹を入れ、レースを広げて、熱湯(75度位)をかける。
しばらく置いて、水の色が透明になるまですすぐ。
汚れているところは少し叩いて汚れを落とす。
揉んだり、こすったりすると穴があきます。
手で握って水気を絞り、タオルにくるんで脱水機にかける。
タオルのまま床に広げて陰干し。
家具のメンテも大切。
普段はワックスがけ、蜂蝋のワックスで磨けば少し艶が出て美しい。
虫の穴を見つけたら、細い管のついた防虫剤を使う。
その後、蝋で穴を埋める。
塗装をやり直すなら、まず、細かい金属たわしでニスを落とし
表面をきれいにしてから、でオイルステンで着色後ラックニスを塗る。
木材は家具になっても生きてます。
呼吸を止めないように、洋家具ならラックニス(昆虫の死骸で作ってある)、
和家具なら拭き漆で再塗装する。
細かいところまで手入れすると、家具も喜ぶ。
骨董のお手入れ、顔そりの産毛を取るような物です。
やってみると、見違える様にすっきり。
by mikiris
第45回(2003年8月1日)*旅の宿
マレーシアのお菓子・見かけはナルト、味はういろう第46回(2003年9月1日)*ミュージカルへ行こう
ロンドンへ行ったときの楽しみの一つはミュージカルだ。
毎日20館ほどで上演されている。
公演が始まったばかりや人気の作品はチケットが手に入らないけれど
10年以上のロングランしている物や、人気薄の作品には当日券が有る。
チケットは上演中の劇場の窓口で買ったり、町のあちらこちらにあるチケット屋で買う、座席もそのときに選べる。
クレジット会社やホテルのコンシェルジュに手配してもらう手もある。
安くチケットを買いたければ、地下鉄レイセスター・スクエアー駅のそばに安売りのブースが有る。
映画館でも席選びには好みがあるけど、真ん中のブロック、前から5−10列目の間が私の好きな席。
ここがなければ右か左のブロックで真ん中よりの通路側、前から5−10列目にする。
骨董の買い付けというのは朝早く起きる仕事で露天は朝4時ー5時には始まる。
しかしミュージカルは夜7時ー7時半からの開演で、終了は10時頃。
旅の疲れに時差ボケもプラスされ、結構メゲて、ホテルで早く眠りたいと思う時も多々あるが、
やっぱり、滞在中1回ぐらい行きたい。
どんなミュージカルがお薦めか?人それぞれで難しい。
私はと言うと、「ミスサイゴン」や「レ・ミゼラブル」は題材が暗そうで、動きもなくて面白くない。
「キャッツ」は歌と踊りが面白いけど衣装がジミ。
「グリース」とか「スターライトエキスプレス」(終演しましたが)みたいなのがお気に入り。
衣装もカラフルだし、舞台全体を使って歌って踊って、観客も巻きこんで盛り上がれる。
私も立ち上がって「Go! Go!」とか叫んだりして・・・、乗り乗りだー。
ロンドンに行く度に「オペラ座の怪人」をもう20回以上見ている骨董屋さん曰く、
話の筋はわかっているし、歌の英語が少々分からなくても、すごく面白い。
さらにその彼が言うには、私の好きな「美女と野獣」や「ライオンキング」は「子供向けの漫画」だそうです。
さて、題目も決まり、チケットを手に入れたら劇場へ行く。
ロイヤルバレエじゃないから おしゃれの必要も無い。普通の服装でOK。
軽く食事を済ませて、開演の30分位前から入り口の前で待つ。
開場されると、クロークに手荷物やコートを預けるのだが、・・・預けてしまうと帰りが大混雑で大変!
だから私は最初から預けなくて良いように、できるだけ軽装で行く。
案内係りの人に席へ誘導してもらい、着席した頃にパンフレットを売りに来る。
これを買って、パラパラめくって幕が開くのを待つ。
さあ開演、幕が開くとさすが本場のミュージカル。
英語の歌詞が分からなくても、誰でもとても楽しい。歌も上手・・・当然ですが・・・
一度経験すると、10年以上のロングランもあり得るなと納得、納得。
そして、話がすすんで一気に引き込まれて行くと第1幕も終わり幕間へ。
幕間には、アイスクリーム売りが来る。
私は食べないが、店主は決まりだからと、絶対に買って食べている。
手がベタベタになるので、アイスを食べる人にはウエットティッシュがいる。
人によってはこれも楽しみの一つかな。良く売れています。
ミュージカルの第2幕も佳境にさしかかり、最後には何度も拍手をしてアンコール。
そして最後の幕も下りる。
観客は三々五々に席を立って帰る。
劇場を出て、地下鉄へ・・・
夜10時頃のこの時間、地下鉄の中は色々なミュージカルのパンフレットを持った人々でいっぱいになる。
夕方のラッシュウアワーくらいの混雑。皆、とても幸せそう。
もちろん私たちも、歌と踊りの余韻に浸って幸せな気分。
隣人のパンフを見ては、次はあれにしよう、これを見たいと期待もいっぱいに膨らみます
でもおなかはペコペコ、ホテルに戻る前に少し食べて帰ろっと!
パブでご飯か、スターバックスのマフィン、いや麺屋の焼きそば。
最後まで楽しい幸せな夜が満喫できる。
あ〜、やっぱ、行って良かった〜。
そして明日からは又、馬車馬のように働く毎日が待っている。
by mikiris
第47回(2003年10月1日)*B級・C級・D級グルメ
食べ物の好みは人それぞれ。
私が美味しいと思う物でも、美味しくないと感じる人は多い。
京都と東京、北陸と九州。
離れていると、気候も違って、食べる物や味付けが違うのは当たり前。
ヨーロッパと日本だと、かなり食べ物も味も違う。
ホテルのレストランで食べる様な物は、ビックリするような違いはない。
それでも、フランスで「サンドイッチ」を注文すると
長いフランスパンに固いカサカサのチーズを挟んだだけの物が出てくることもある。
歯の悪い人と顎に自信の無い方は要注意!
私たちの「サンドイッチ」のイメージはイギリス式の角形食パンに野菜やハムを挟んだ物です。
フランス人にとっての「パン」は「フランスパン」で「食パン」は「本当のパン」じゃ無いそうです。
フランスのお菓子に「ライス・プディング」があります。
お米を牛乳と砂糖で炊いて、甘いグラタンを作り、チョコレート・ソースを掛けて食べる。
私は「おはぎ」は大好物だけど、このお菓子は食べられない。
外国の「カレー」は日本の「カレー」と違う。
日本のカレーはドロンとしていて肉や野菜が入り、ご飯にかかっている。
インドのほんまもんのカレーはシャバシャバで野菜やチキン、マトンが入っている。
激辛が多い。
インドにはヒンズー教の人が多く、牛は神聖な生き物なので牛肉を食べない。
牛を食べても良い宗教もあり、その人達は牛肉カレーを食べる。
細長くてパラパラのご飯や「ナン」という平べったいパンと一緒に食べる。
慣れると日本のカレーよりズーッと美味しい。
ラーメンも日本のラーメンと違う。
日本の麺は太目で柔らかい。
外国で食べるラーメンは極細麺のいつ切れるかわからない長い長い麺。
1本か2本だけとって口に入れないと、いつまでも麺が続く。
お箸で切れるほどヤワな麺じゃない。
一度、奮闘していると、店の人が料理鋏を持ってきて、どんぶりの中の麺をチョキチョキ切ってくれた。
友達は「輪ゴムみたいで変」と言うけど、私は大好き。
この「輪ゴム麺」と「鶏ガラ出汁」が外国に行ったときの楽しみ。
大きなアンティーク・フェアに行くと会場内に特設レストランや屋台コーナーがある。
ベルギーのフェアではベトナム料理の屋台だった。
ベトナム春巻きやチャーハン、スープ、コロッケや素材不明のフライ。
いずれも独特の香辛料の味がするけど、美味しい。
定期的に開催される道路上のマーケット。
アンティークだけでなく、日用品や野菜、洋服を売っている露天もある。
広場いっぱいにフリマの様な店開きがされ、トラックの屋台も来る。
揚げパンやクッキー、魚のフライやコロッケ。
その場で丸いパンに挟んでくれる。
紙コップのコーヒーや紅茶、缶ジュースも並んでいる。
日本の屋台の「鯛焼き」や「たこ焼き」のようで、つい買い食いしたくなる。
オランダでの買い食いはフライドポテト。
フリット(frites)と呼ばれている。
店の横にジャガイモや皮が山積みの店を選ぶと外れがない。
カレーマヨネーズのトッピングが人気。
ポッフェルチェスもお薦め。
これは、パンケーキの生地を「たこ焼き」の様に丸く焼いたお菓子。
シロップと粉砂糖をたっぷりかけていただきます。
ヨーロッパの屋台グルメはどこも美味しい。
不潔な感じもなく、見えるところにゴミも置いてないし臭いもない。
仕事前に準備している所を見ると、道に洗剤をいっぱい撒いて、デッキモップでゴシゴシやってる。
清潔感があって、気分がいい。
東南アジアの屋台も楽しそう。
シンガポールや台湾、タイの屋台はレストランより流行っている。
マレーシアの屋台は清潔な感じ。
ちょっと怖くて魅力的な東南アジアの屋台、今度はこれに挑戦だ。
by mikiris
第48回(2003年11月1日)*マニアな話
実は私は胡椒マニアです。
粒の黒胡椒や白胡椒、赤や緑の胡椒をミルに入れて引き立てを使う。
洋食の時はもちろん、焼き魚でも天ぷらでも使う。
固まりの岩塩や海の塩と混ぜてミルに入れ、一緒に引く。
ゴリゴリ、かなり硬くて、力がいる。
粗挽きがいいんだ。
粒胡椒も国によって味が違うので輸入食品店で色々買ってみる。
旅先でもデパート、スーパー、食品店で胡椒売場に行く。
密かな楽しみ。
何十年もポテトチップスが嫌いだったけど、最近になってハマッテます。
薄塩の薄型ポテチを買ってきて、袋の口から粒胡椒と岩塩をミルでゴリゴリ。
袋を閉じて、シャカシャカ振る。
味にメリハリが利いて、美味しいよー。
サンドイッチの付け合わせに良く合う。
食べ物だけじゃなく、何とかマニアはたくさん居る。
男の人は工具が好き。
店主の友弥人も同じ様な工具をいくつも持ってる。
ドライバーとか、1本で良いと思うけど、ちょっとずつ大きさの違うのを何本も持ってる。
磁器の修理をするために歯科用の技巧道具も持っている。
歯医者さんの椅子に座って、口を開くとウィーンと削られるヤツ。
先の金具を取っかえ、引っかえ、削ってる。
金具の形も材質も細かく違う。
いちいち、付け替えているのを見るとマニアっぽい。
骨董品では「ポットマニア」と言うのもある。
コーヒーカップを集める人はすごく多いけど、ポットを集める人は珍しい。
コレクターの家に行くと、日本、中国、ヨーロッパの骨董のポットが数十個。
厳選した物だけに見ても楽しい。
お茶の文化が有るところにポット有り!
骨董屋さんも、何かを集めている人は多い。
「僕を盃台博士と呼んでくれ」と盃台ばかり集める人がいた。
家には数百あるんだろうなぁ。
昔は良く見かけたのに、最近、業者の交換会でも盃台を見かけなくなった。
時計マニアも数が多い。
しかし、新規参入は少ないらしい。
珍しい古時計は市場に出てこず、価格も高止まり。
壊れたときに修理してくれる人がない。
マニアにとって、ボンボン時計は「可愛いヤツ」だそうです。
私もこれだけは人に負けない、知識豊富で詳しい、詳しいマニアでコレクターになろうと思ったこともある。
集めるのが簡単な物は面白くない。
本にも載ってない、美術館にも収蔵されてない、骨董店でも見かけない。
こういうのはマニアになる価値がある。
誰かが見て、「これは一体何ですか?」と聞く。
このときこそ、マニアの楽しみ。
「これは○○XXマルペケです」
こういうマニアは明るくていい。
ネクラのオタクは人に見せずに密かに楽しむ。
毎日、壺と一緒にお風呂に入って、なでなで。
壺を育てる、と言うらしい。
お金に飽かして手に入る物は面白くない。
なかなか欲しい物が手に入らないから、マニアになる楽しみがある。
探す目的を持って、買い物に行くのは楽しい。
ちょっとずつ集めて、並べて喜ぶ。
私は戸棚の粒胡椒コレクションを見て、ニンマリ。
あなたは何のマニアですか?
by mikirs
第49回(2003年12月1日)*難儀なIT
近頃、外国からの迷惑メールがいっぱい来ます。
どうしてこんな物がくるか、思い当たる節が無いわけでもない。
最初に英語でセールスのメールが来たときに
「ご不要の方はrefuseと書いてメールを送り返して下さい」と書いてあった。
その通りにして送り返したら、たくさんメールが来るようになった。
このことに反省して、しばらくメールを削除して、おとなしくしていたら数が減った。
ある時、英語のメールでgreen ・・・から
「antiques iris を検索サイトに掲載しました。
当サイトは大手企業が掲載されているyahoo、e-bayと肩を並べる検索サイトです。
URLをクリックして、サイトに掲載されていることをお確かめ下さい。」
名前がgreen peaceに似ていたので、勝手に大丈夫と思いこんでしまった。
これに引っかかって、またまた、山のように変なメールが来るようになった。
メッセージルールで単語を引っかけて、削除してもすり抜けてくる。
不思議にアメリカの広告ばっかりで、ローンの利子を安くする話とバイアグラの売り込み。
アメリカ人の興味はこれしか無いんか?と思うくらい毎日、毎日、たくさんくる。
PCのメールを携帯に転送しているのですが、表示数に制限があって、
迷惑メールがたくさんくると、必要なメールが読む前に消えてしまう。
難儀な事です。
携帯電話の番号は固定電話同様、使い回しされている。
新しい番号になると、間違い電話がかかってくる。
前の持ち主宛にかかってくる電話。
私も友弥人も携帯の機種を替える度に番号も変えるので、
変更したては間違い電話が多い。
携帯電話に「出会い系」からメールが来ることもある。
電話番号宛のメールとCCやBCCのメールを受け取らない設定にしているが、
2週間に1件ほどすり抜けてくる。
先日、驚いたのは、PCのアドレスが使い回しされている事実だった。
全てのプロバイダーでは無いと思うが、、、
3年前にPCを買って、嬉しくて、毎朝1時間ほど懸賞サイトで応募していた。
応募の際に「メルマガを受け取るか・受け取らないか」にチェックする項がある。
「受け取る」方が当選しやすい、と全部受け取ることにしていた。
もちろん、私のアドレスは懸賞応募専用のアドレスを用意している。
1年ほど立つと、週に200本ほどのメルマガが届いて、パスワードもIDも忘れて、
自分でも削除も解除もできなくなった。
懸賞に当たりやすいように、年齢も家族構成も職業も登録先によって変える。
後になると自分が何歳で子供が何人いて、犬と猫を何匹飼ってるのか、わからない。
プロバイダーを変更するのに合わせて、このアドレスも捨ててしまった。
ところが、1ヶ月前に旅行会社から封書の手紙が来て、
「あなたが登録したメルマガが他のお客様の所に届いており、
その方が解除できなくて困っている。
もう一度、アクセスしてアドレス変更をして下さい」
プロバイダーに私も旅行会社も問い合わせをしたが、
「個人情報は教えられない」の一点張りで調べてくれない。
私の元アドレスを使っている人、困っているだろうな〜
と思うけど、何ともしようがない。
PCは一度使い出すと、やめられないくらい玉手箱の力を持っている。
まず、辞書を引くことが無くなったし、調べ物をするのに図書館へ行ったり、
本を買い込んだりする事が無くなった。
旅行の手配もネットでできる。
世界中のホテルが格安で予約できる。
もちろんレンタカーもネットで予約。
10月にヨーロッパへ行った航空券は e-ticket だった。
パスポートを見せるだけで、オンラインで全て準備されてる。
航空券をなくさないように大切に持つ必要もない。
デジカメも便利だ。
今まで、写真を撮って、近所に現像に出し、色が悪いと焼き直し。
時には、新たに写真を撮り直し。
時間もお金もかかった。
デジカメとPC、プリンターで写真もちょろい。
PCをやってない人に写真を送るのも、20分で用意できる。
デジカメで2−3枚写真を撮って、PCに取り込み、プリントする。
PCをやっている人には、そのままメールに添付して画像を送れる。
世界中の人と簡単にコミュニケーションできる。
昔みたいに手紙が届くのに10日もかからない。
デジカメもどんどん性能が良くなっている。
先日、フランス人の友人にデジカメの種類で相談された。
2種類あって、どちらも手の中に入る大きさ。
一つは画素数が多く、きれいに写る。
もう一つは画素数は少ないが、値段も安い。
私のお薦めは画素数の少ない、安い方のデジカメだった。
ナンデカというと、、、
高い方は別の友達が持っているデジカメと同じだった。
この友達はオーストラリア在住。
帰国する際に、写真入りの名刺を作ってきた。
家の近くにきれいなビーチがあり、その景色をバックに名刺を作った。
このビーチはヌーディスト・ビーチだったが、誰もいないときに洋服のままで行って写真を撮ったそうな。
カラー印刷でビーチの景色を背景に名刺を作り上げたところ、人が写っている。
ビーチの端に男の人が立っている。
拡大鏡で見たところ、オジサンだった。
太ったオーストラリアのオジサンはこちらに歩いて来るところだった。
もちろん、ハダカ。
「こんな名刺、欲しい?」と言われたけど、私もそんな趣味ないし、、、
友達のデジカメは裏の確認画面が小さく、オジサンが写っているのは見えなかった。
また、友達は老眼の始まりで細かいものが見えなかった。
この話をフランス人にしたところ、翌日、裏の確認画面の大きなデジカメを持ってました。
手の中に入るのに、30秒の音声付きデジビデオまで付いていた。
その場で再生できて、すごーい!
悲しいけれど、老眼の始まりはITの敵。
小さな文字が改行もされずに並んでいると、読む元気がなくなる。
「このページを作った人は若い人だなー」などと思う。
携帯メールもゆっくり読んでいると電気が消える。
色のコントラストが弱いと何かにつけて読みづらい。
70歳を過ぎてPCや携帯を駆使する人もいる。
20代、30代でもハイテク嫌いの人もいる。
昨年、友弥人は海外で使える携帯を買いました。
日本以外なら世界中で使える。
いつでも、どこでも、連絡できて、すごく便利になった。
PCも携帯も確実に世界を広げてくれるし、友達も増える。
毎朝、バイアグラのメールが来なければ、言うこと無し!
by mikiris