第109回(2009年1月1日冬のヨーロッパ

 年末年始を避けて、冬のヨーロッパへ行くのは航空運賃が安い。
12月に入ると、急に値段が下がる。

 世の中のニュースは不況不況で、ヨーロッパも景気が悪い様子。
銀行が再編されたり、取り付け騒ぎがあったり、企業が倒産したり。

 そんな時にヨーロッパへ行ったら治安が悪いだろうなー、と思った。
今回の仕入れは店主が1人で2週間の予定を組んだ。
アップグレードできるチケットが上手く予約できたので、1人でも30kgの荷物が持てる。
手荷物の制限もゆるいので、沢山、仕入れして帰れます。

 ロンドンへ到着した店主から早速、電話。
「こっちは町に人が溢れて、すごい!
 人が多すぎて、買い物ができない」

 道路もデパートもスーパーも買い物する人で満員らしく、レジは長蛇の列。
いったい、どうなってんの?
12月3日にロンドンに着いたのですが、もう、冬のバーゲンが始まってる。
前はヨーロッパのバーゲンは1月1日からだった。
2年前から12月に入るとデパートや商店街で2−3割引のプレバーゲン、
クリスマス頃には本格的なバーゲンが始まる。
クリスマスの買い物とバーゲンが一緒になって、売り上げが伸びたので、毎年やるようになった。
円高でポンドが今までの4割引、バーゲンも重なって、思わず、買い物嫌いの店主も心が動いたそう。
私が行ってたら、どんな事になったやら、、、、

 しかし、骨董業界は不況らしく、あちこちの骨董センターは半分しか店が埋まってない。
閉鎖になったセンターも数箇所あった。
レント料が払えなくて、やめる店が多い。
毎日、市内のあちこちで開催されるマーケットも縮小傾向。

 フェアにもいくつか行ってみたが、ジャンクばっかりで仕入れたい物がない。
なかなか、お目当ての物が見つからず、厳しい。

 この時期、イギリス最大のアンティークフェア、Newarkがあるので、日本人のディーラーが大挙、押し寄せる。
円高、ポンド安も追い風で買う気の有る人は沢山いるのに、買いたいものがない!
ロンドン市内を品物を求めて歩き回って、店主はかなりダイエットできた。

 私の方はメールで約束していたブローカーが
「今回は少ししかレースがない」と言ってたのに、急遽、コレクターに連絡して集めてくれた。

 ホテルの部屋に持ってきてくれたのを、店主の携帯を使って、レースの種類やら状態、値段を聞いて仕入れ。
良いレースが期待以上に集まりました。

 オランダへ移動した店主、レストランホテルに宿泊です。
郊外の畑の真ん中にあるホテルで、よく夕食を食べに行ってた所。
ガレージの横に鶏が放し飼いにしてあり、その向こうは広大な畑。

 新鮮な材料でシンプルな料理が売りのレストランなので、お客はシニアが多い。
子供用のkinder menu ならぬ年寄り向けの senior menu がある。
シニア層の夕食は早い。
レストランは夕方5時に満席になり、7時には他の宴会場なども満席になる。
コースもあるけど、アラカルトで単品だけの注文もOK。
おかずを1品、注文するとつけ合わせの野菜が3種類、大きな鉢3個に入ってくる。
横の畑で取れたてのサラダバーもあり、ヘルシーです。
 
 部屋は広くて、お風呂も大きい。
オランダの暖房はお湯を通すパネルヒーターが窓際にある。
どのホテルも天井が高くて全面窓なので、夜はガラス窓の冷気で寒い。
ヒーターを全開にして、カーテンを閉めるとあったかい。

 さて、今回の仕入れは北オランダから南オランダ、アムステルダム、ベルギー、ドイツの近くまで国中を走り回った。
各地のアンティークフェアやマーケット、コレクター、アンティークショップと約束して仕入れです。
 寒い冬、夕方4時には真っ暗になるので、店もやる気がない。
約束しておかないと、閉まっている所が多い。
もう長くユーロに対してドル安だったので、アメリカ人のお客さんが来ない。
100円単位のアンティーク(?)を売る店は元気がいいけど、1品物を売る高級店は死んでる。

 廃業しつつある人も数人。
平日は別の仕事をして、土日だけ骨董屋になってる人も、、
ご自宅に夜間にお邪魔して、倉庫に入れてもらう。
土日にアポを取って、倉庫に行く。
廃業しつつある人達の倉庫はガラーンとしてる。
「ここにある物、ナンボでもええし、持ってってー」
コストーパフォーマンスに見合う物を数点選ぶ。

 オランダでもイギリス同様、良いものは少なくなり、新物(アラモノ)やここ数十年の品物が増えた。
アンティークというのは古い順に数が減っていく運命にある。
「昔はこんな物が沢山あった」とはどの骨董屋さんも言う言葉。

 只今、店主は店の商品構成を変えつつあるので、仕入れがとても難しい。
あちこち探しても、滅多に見つからない、古いけど美しい物を探してる。
仕入先の店もコレクターも
「何を探してるの? 次までに何を仕入れておいたらいい?」
と聞くけど、それはわからない。
「古くて、見所があって、美しい物なら何でもいい」
けど、お目がねに叶う物は少ない。

 17世紀の白デルフトの菊皿や可愛い天使の絵柄の残欠が数点入りました。
残欠はあまり小さいのは飾りにくいけど、それなりの味わいがある。
古いお皿の残欠や瓦の残欠、結構いいです。

 さて、留守番の私は忙しいような、暇なような。
店の開店時間までに雑用を済ませなければならない。
店を閉めて出かける用事も数回有り、こんな時、1人は不便。

 しかし、1人のチャンスを生かして何かやりたい。
このところ、太り気味だったので、ダイエットに挑戦。
バナナダイエットとレコーディングダイエット、コアリズム、スロートレーニング。
朝は1時間のウォーキング。

 自宅から西へ行くと吉田山と真如堂がある。
吉田山のてっぺんまで登って、山の中の細い道を気の向くままに縦走。
真如堂の裏口から出て、遠回りして帰る。

 自宅から東に行くと哲学の道、法然院、銀閣寺がある。
観光シーズンが終わると、法然院の前の道を歩く人もなく、静かでひんやりしている。

 どちらのコースも細い道があちこちにあるので、気が向いたら行ってみる。
たまには、私道だったりして、気がついたらよそのお宅に、、、
「ひえー。 道、間違いました。ごめんなさーい」

 どれが効いてるのかわからないけど、効果はあった。
最初の1週間で1kgの減量。
いつも、同じ体重でいたいので、あんまり減らすのも怖い。
一応、ダイエット成功ということで、めでたし、めでたし。

 この2年程、両親が入院したり、店主の父が亡くなったり色々あってあまり海外に行けなかった。
しかし、海外のコレクターや店がメールで画像を送ってきてくれる品物を買い、送金して品物を送ってもらう。
レースもオランダの焼き物も、コレはと思う一品がいくつも手に入った。

 行かない方が、経費もかからず、良い仕入れができるかも知れない。
ちょっと、頭によぎった考え。
でも、行くと、自分の目で見つけた仕入れができる。
向こうも大物は紹介してきても、小物は値段も安いし、手間もかかるので、紹介してくれない。
やっぱり、年に何度かは現地に行かなくてはなりません。

 洋骨董を扱う業者さん、皆、
「誰か、代わりに仕入れに行ってくれへんかなー」と言う。
趣味の段階では楽しい事も仕事になったら苦労も多いのです。

 そんな事言わんと、今年も頑張って素敵な物を仕入れます。
コマメにHPをチェックして下さいねー。

 by mikiris


第110回(2009年2月1日ON と OFF

 「休みの日は何してるの?」とよく聞かれます。
店が休みの日はやりたい事とやらなければならない事がいっぱい。
前日から「明日は休みだー」と張り切ってます!!

 元々、仕事が大好きで、24時間360日、寝ずに仕事ができないか、と思うくらい。
しかし、去年1年間は体調を崩さないように気をつけて、休みの日は休む事にした。

 休みの日の一番の楽しみは日帰りで露天風呂。
京都から車で1時間弱、鯖街道に朽木温泉がある。
大浴場、源泉、ジャグジー、サウナ、水風呂、露天風呂。
朝一番の温泉は貸切状態。
露天風呂から流れる雲を見て、うつらうつらと考え事をして1時間ほどゆっくり。

 レストランで岩魚の天麩羅を食べて帰ったり、気候の良い時はお握りを持参して外でランチ。
帰り道に好きなカフェがあり、立ち寄るのも楽しみ。
イリスの店主は木陰に車を停めて、シートを倒して1時間ほどお昼寝をする。
私はお茶を飲みながら読書。
気分がリフレッシュできて、くつろげる。
実のところ、5時間くらい滞在したいカフェ。
オーナー夫妻は自宅がイリスから徒歩1分ほどにあり、ずっと前からの知り合いです。

 デパートに行くのは春夏秋冬、ワンシーズンに1回程。
慣れてないので、行ってもどの階に行って、何をどう見たら良いのかわからない。
パーキングが2時間無料なので、展覧会を見て、書店へ寄って地下で食品を買うと時間切れ。

 京都にも近県にも美術館が沢山有り、興味深い特別展が順に開催される。
気分転換を兼ねて、大阪、神戸、滋賀の美術館にも遠征する。
大阪の東洋陶磁美術館、万博公園の中にある国立民俗学博物館、大阪民芸館はお気に入りの場所。
平日はお客さんが少ないのでゆっくりする。
万博公園内の日本庭園を散策するのもいい。

 滋賀県なら歴史博物館、県立美術館、ミホ・ミュージアム。
美術館の周りに緑や公園があるので、お弁当持ちで行ってます。

 祝日と店の定休日が重なる月曜日は近所を散歩。
ちょうど徒歩40分の所に手頃な洋食屋さんがある。
古い洋館建てで、老夫婦がオーソドックスな洋食を作ってくれる。
何故か、お客さんの年齢層も高い。

 休みの日は大体、こんな感じで過ごした1年間でした。
1年の終わりには体調も充分回復して、元気を取り戻した感じ。
休みの日を遊んで終わらずに何か他の事もやりたくなってきた。

 年末にレースが沢山届いたので、これを皮切りに仕事モードになった。
レース1400点にアイロンをかけ、大きさを測って、鑑定して袋詰め。
1袋に10点入れるのも有り、仕上がりは700袋になった。

 正月には1年間休んでいた空き家の大掃除を再開した。
今度は前より本格的に片付けに入った。
両親が続けて使う物、私が譲り受ける物、処分する物を分けて、車で運ぶ。
 
 歯科の棚や備品、ピンセットや薬瓶の処分は薬事法もあって勝手に捨てられない。
奥の部屋からは祖父が学生だった時の勉強机、母が小学生の時の本箱が出てきた。
祖父もやはり歯科医だったのですが、こんな机で勉強していたのかと、タイムスリップの気分。
40年も50年も前の父の服もそのまま残っている。
洋服ダンスや押入れを開けるのが怖い感じ。

 私が小学生の頃に集めていた戸棚いっぱいのこけしコレクションはなかった。
部屋で使っていた、目がキョロキョロ動く動物の掛け時計もなかった。
以前に父が出入りの骨董屋さんに売ってしまったらしい。

 1軒の家の整理は大変な事で、10畳くらいの物干し場所にも物が溢れてる。
植木鉢と一緒に陶器の置物やら徳利、壺もある。

 私は店番とインターネットを担当して、友弥人が仕事の合い間に1人で片付けに行く。
休みの日は2人で片付けと荷物運び。
毎回、面白い物が出てくるので、しんどいけど楽しい仕事。

 たまには両親も一緒に来て、持ち帰りたい物を物色する。
私が目を付けて、よけておいた物は母に見つかり、横取りされる。
母は可愛い物を目ざとく見つける特技がある。

「どっかに大金を隠してへんか? 思い出して」
と父に何度も聞くけど
「そんなモンはない」
「箪笥の引き出しにないか?」「無い」
「押入れの布団の下に入れてへんか?」「無い」

 しかし、たまに記念硬貨が箱入りで出てきたり、歯科用の金のプレートが出てきたりする。
たいした物でもないけど、ちょっとラッキー。
記念硬貨はスーパーの買い物で使って、変な顔をされた。
伊藤博文の千円札、岩倉具視の五百円札も使ってます。
さすがに明治時代の1円銀貨は使えないけど、、、

 家を整理するのに良かった事は、私が骨董屋だったこと。
品物を見て、査定ができる。
 これは仕入れが○○円、売値は○○円、業者の交換会で処分したら○○円。
長く置いておいても値上がりしない物は今すぐ処分。
業者の交換会もレベルがあって、お茶道具中心、高価な品が取引される会、中級品の会、何でもOKの会。
何処の会にどれを出品するか選り分ける。
この時期、何を売っても安いので、父にも品物にも気づつ無い。ごめんねー。

 両親が買った時の気持ちがわかるような物は手元に置いておく様に言って、自宅に運ぶ。
時間も労力もかかるけど、こんな整理の仕方が一番、納得がいって、良い方法かなと思う。
お片づけは春までかかりそうだ。

 今年前半の休みの日はこんな風な過ごし方。
OFFの日もONです。 
露天風呂も美術館も美味しいランチもパスできないので、かなりハードな時間割をこなしてます。
ゆっくり本を読める時間は電車の中か病院の待合室くらいかな。

 by mikiris


第111回(2009年3月1日Irish Lace

 アンティークレースが作られた産地で思い浮かぶのはベルギーやフランス。
だけど、実際にはあちこちでレースが作られていた。

 現在のレースのような形は17世紀のイタリアで作られたのが最初。
ベネチアングロポワン、ポワンドネージュ、フラットポイント、ローズポイント、ミラネーズ、レティチェラ。
豪華でボリュームのあるのが作られた。
男性、女性の服飾にも用いられたし、教会の祭壇の飾りや司祭の服の飾りにも使われた。
よく、昔の肖像画を見ると、衿元や袖に白い物が付いてるでしょう。 アレです。

 18世紀になるとフランスでアランソンやアルジャンタンに代表される繊細なニードルレースが作られた。
極細糸と極細針を使って刺繍で作ったレース。
すっごく糸が細くて、こんな細い糸は現代では何処にも無い。

 19世紀はレースの黄金期。
イギリスやベルギーの各地で極細糸のボビンレースやニードルレースが製作され、
世の中、レースが溢れて、どんなして人より綺麗なレースを手に入れて、見せびらかしてやろう、って人ばっかり。
政府は自国のレース産業を保護して禁輸したけど、お洒落に取り付かれた人はそんなことはお構いなし。
密輸も盛んに行われた。
地中海や北欧、東欧、イギリスやスペインの植民地でも独自のレースが発展した。
この辺りのは、ちょっとエキゾチック。
 
 あまり有名じゃないけど、アイルランドでもレース産業はありました。

イギリスの隣の島国アイルランドは1949年までイギリスの植民地だった。
炭鉱と貧しい農民に支えられた国で、生産される大部分の農産品はイギリスへ輸出していた。
農民達の主食はじゃが芋だったが、1840年代にじゃが芋に疫病が流行って全滅し、人々の生活は困窮した。
数年間の飢饉の間に100万人以上の人が餓死して、200万人がアメリカやカナダ、オーストラリア、イギリスへ移住した。
この時に減った人口は21世紀になっても回復していない。
悲しい歴史があり、19世紀より20世紀の方が人口が減っている唯一の西欧の国なのです。

 ユーガルYoughalレースはこの飢饉が発展のきっかけとなった。
1846年、それまで極秘に細々と作られていたレースだが、飢饉で苦しむ人々を助けるため、修道院の尼僧が技術を公開した。
最初は小さな小屋で教えていたが、投資家やファンドの援助もあり、良いデザインの物が作られた。
プリンセスモードやクイーンマリーも注文を出した。
流れるような植物のデザインが特徴の美しいニードルレース。
19世紀ユーガルニードルレース

 カリクマクロスCarrickmacrossは1820年に教会の奥さんがイタリア土産にもらったレースのコピーをメイドに作らせたことが始まりだった。
メイドさんの腕が良くて、コピーが上手だったために近所から注文が来た。
ある日、カリクマクロス近郊の姉妹がこのレースを知る事となる。
この姉妹は心優しく、手先が器用でガッツがあった。
学校を作って、多くの若い女性に、このレースを作る方法を教え、製作、販売の拠点とした。
 25年後にじゃが芋飢饉が起こった。
カリクマクロスには13000人の住民がいて、大恐慌で生活は苦しく、食べる物にも困るようになった。
近くの投資家2人がレース学校に目を付け、自分達の地所に学校を8校建てて、大きくした。
レースの注文を沢山取った。
この頃、ビクトリア女王が学校に名誉を与えて、大きなレースの注文を出している。
 投資家の1人、トリストラム・ケネディはロンドンで政治家になった。
彼は常にレース学校の事を思い、ロンドンで多くの企業から注文を取り、援助を続けた。

 カリクマクロスアプリケはマシンネットの上に薄い布を重ねて、パターンの周りを刺繍していく。
その後、刺繍で囲んだ中だけ布を残して、残りはカットする。
ネットに布をパッチワークしたようなレースが出来上がる。
残りのネット部分に色々なステッチを施す。
19世紀カリクマクロスアプリケ

 アイリッシュ・クロシェIrish Crochetはアイルランドのレースで一番歴史が古い。
イタリアのグロポワンを模してかぎ針編みで作られた。
ポワンドネージュを模したクローンクロシェもある。
ボリュームがあって可愛らしいレースです。
 大きなモチーフを個別に作って、かぎ針やニードルワークで繋いで、釦ホールステッチを加えたりする。
絹糸で作る物は特にロイヤル・クロシェと呼ばれる。
19世紀アイリッシュクロシェ

 リムリックLimerickでもレースが作られた。
1829年、イギリス人の実業家がリムリックに22人の熟練工を連れて移住した。
職人達は女性や子供たちにレースの作り方を教えた。
タンブードネットTamboured netという技法でマシンネットにフックでチェーンステッチをしていく。
大きなレースはテーブルの周りに何人もが座って、一緒に一つのレースを作った。
レース産業は発展して、1842年には1500人がこの会社で働いていた。
 タンブードネットはリムリックだけでなく、イギリスのコッジェスホル、イタリア、ベルギー、フランスでも作られた。
リムリックの物が一番繊細で技術・デザインとも優れている。
19世紀リムリック

 どのレースにも発祥のきっかけや歴史があり、今の形に出来上がるまでに紆余曲折があった。
アイルランドのレースは可愛らしくて実用的な物が多く、イギリスに輸出するための産業だった。
レースは高価で、城や貴族の命と交換された事もあったという。
 
 そんなレースの数々が私たちの手元に流れて来たのも不思議な感じがする。
骨董品全部の運命ですが、好きな人の元に行って大切にされるのが一番。
私も洋服やバッグのリメイクに使ったり、現代風にアレンジして活用してあげたいと思ってます。

 by mikiris

豆御飯

 3月はひな祭りの季節。
熊魚庵たん熊さんで料理講習会があり、参加してきました。
料理は菜の花や蛤、筍を使った、見た目も綺麗な物ばかり。

お献立は
前菜ー雛散らし寿司、真蒸、鱒の桃焼き、てっぱい、2色長芋、菜の花、烏賊黄味酢、諸子、百合根、包寄せ、手鞠大根
吸い物ー蛤真蒸、春子、麩、からすみ
造りー鯛、鱒を玉葱、生姜、大根、大葉
焼肴ー油目の木の芽、豆腐田楽、筍
焚合ー若竹煮、鯛の子玉〆、蕗
酢の物ー飯蛸、ごまドレ、法蓮草
蒸物ー甘鯛桜蒸し、百合根、椎茸、桜の葉
止椀ー白味噌仕立て、豆腐、餅麩
御飯ー豆御飯、ジャコ、桜の花、木の芽
香の物四種
果物ーメロン、苺、蕨餅、ワインジュレ、アイスプラント



 食後に料理の作り方と秘訣を調理長さんから教えていただきました。
その中で一番簡単で美味しくできたのが豆御飯です。
教えていただいたのは、昆布だしを取って、薄口醤油を入れる方法ですが、
私流のもっと手軽な方法を書きますね。

 豆御飯の炊き方
米(1割をもち米にする)、豆、ジャコ、分量の水、酒少々、昆布一切れ、塩(多めにする)
1.お米を洗って30分ザルにあげておく
2.豆を房から出しておく
3.ジャコは湯通しして塩抜きする
4.炊飯器に米、豆、ジャコ、水、酒、塩、昆布を入れて炊く
5.炊き上がったら昆布をとり、お茶碗によそって、木の芽や桜の花を飾る

炊飯器で炊いても、土鍋で炊いても、流行のル・クルーゼで炊いてもOKです。

 by mikiris


第112回(2009年4月1日散歩道

 毎朝、1時間ほど散歩をしています。
自宅から東に一直線、5分で哲学の道に到着。
この道を散策した哲学者、西田幾太郎には遠く及ばないけれど、色々と考え事をしながら歩く。
哲学の道
 例えば、次の企画展の内容は何にしよう、飾りつけはどうしよう。
今度の休みは何処に行って、何をしよう?
今日のお昼と晩御飯は何を食べようかな?

 疎水沿いに南に下ると大豊神社がある。
ひなびた雰囲気の良い神社で静かな所。
神社の入り口の狛犬が素敵。
いつか、あんなの欲しいなー。
大豊神社の狛犬
 奥には巻物と水の入った玉を持った狛ネズミ2匹がいるお社がある。
縁結びの神様。
社の隣のお稲荷さんには美人の狐がいる。
こっちは商売繁盛にご利益がある。
 少し離れて、トンビと猿のいるお社がある。
厄除けと火事のお守り。
 ここに来たら、散歩の途中に一周、御参りしておく。
大豊神社の狛ねずみ
 大豊神社の昔の参道(忍びが通るケモノ道のように細い道)を辿ると霊鑑寺に到着。
霊鑑寺は後水尾天皇ゆかりの尼門跡寺院で、いつも閉まってる。
季節によって椿や梅、桜が美しく、鶯のホーホケキョを聞きながら通り過ぎます。
この辺りの鶯は「ヘッ」と振り向くくらい大声で鳴く。
霊鑑寺
 霊鑑寺前の道を北に辿って行くと安楽寺がある。
後鳥羽上皇の時代、松虫、鈴虫という美人女官の悲話のお寺。
 ここも普段は閉まっていて、ひっそりしている。
霊鑑寺も安楽寺も春と秋に期間限定で公開される。
安楽寺
 さらに進むと法然院がある。
いつも手入れが行き届いていて、竹林のひんやりした空気を深呼吸すると気持ちいい。
高校生の頃にこの辺りに引越ししてきて以来、散歩と言えば哲学の道と法然院。
何十年たってもこのお寺が一番好きかなー。
早朝から開門されてるので、いつでも自由に入れる。
法然院
 法然院は法然上人ゆかりの寺で歴史は鎌倉時代の初めに辿れる。
隣の安楽寺の松虫、鈴虫姫事件で法然上人は四国の讃岐へ流罪になった。
その後、江戸初期に新たに伽藍が建立されたのが今の建物の基礎。
由緒有るお寺だけど、若い人たちのコンサート会場やアートギャラリーにも開放されてる。
知り合いも何人か、ここで展示会やコンサートをしてる。

 法然院の次は銀閣寺
金閣寺と並んで有名な京都の観光スポット。
室町時代に足利義政によって建てられた。
つらつらと散歩してここまで来ると、急に観光客がいっぱい。
皆、銀閣寺の参道を登って、拝観して元の道で帰るか哲学の道を散策する。
銀閣寺の境内地図
 参道はみやげ物店が並んでる。
どの店にもお菓子の試食やお茶のフリードリンクが用意されてる。
暑い日はここで、冷たいお茶を飲んで、ひと休み。
参道を下って、哲学の道沿いに銀閣寺道の交差点まで。
スーパーで買い物をして、今日の散歩は終わり。

 別のコースは吉田山ー真如堂コース。
 吉田山は丘のようななだらかな山で散歩道も休息所もある。
頂上へ登るのも色々な道があり、普通の靴で登っても全然平気。
私は石の階段を登る道が気に入ってる。
吉田山へ登る石畳
 山頂からは大文字山が真正面に見える。
吉田山の大部分が吉田神社に占められている。
京都の人は吉田神社を「よしださん」と呼ぶ。
北野天神を「天神さん」、毎月21日は東寺の「弘法さん」と呼ぶのと一緒。
気が付かなかったけど、神社は全部、さん付けで呼んでた。
お稲荷さん(伏見稲荷)、晴明さん(安倍晴明の晴明神社)、etc.。
吉田神社の大元宮
 「よしださん」の日(節分の3日間)は大賑わいです。
古いお札、古いチマキ、古いお守りを持って行って燃やしてもらう。
祇園祭の粽(チマキ)は玄関辺りに取り付けておくと厄除けになる。
京都の人ならほぼ100%、玄関に祇園祭の粽と台所に愛宕さんの火伏せを付けてる。
7月31日にゲットするとご利益倍増の「愛宕さん」の火廼要慎の札も古いのは「よしださん」に持っていく。

 何年か前は鏡餅やら結納の品が燃やすところに積んであった。
捨てにくい物を燃やしてもらう場所、て感じだった。
最近は受付ができて、チェックが厳しく、何でもかんでも持って行けなくなった。

 正月に初詣に行くと、昆布茶の接待が有る。
節分の日に行くと、お菓子の神様、菓祖神社では煎り豆茶の接待がある。
上の方には日本中の神様を祭った大元宮があるので、忙しい人にはとても便利。

吉田神社の隣に宗忠神社がある。
ここから真如堂の三重の塔が真正面に見える。
真如堂の三重塔
 真如堂は桜や紅葉の頃は人が多いけど、それ以外は犬の散歩の人がちょろちょろしてるくらい。
高台にあって、広い境内の端からは京都市内も見渡せる。
徳川家光の乳母の春日の局が植えたとされてる「立皮桜」も形の良い古木です。
5月には藤棚が美しく、良い匂い。
熊蜂が多いので藤棚の下には行けない。

 真如堂の正式な名前は真正極楽寺でお参りすると極楽往生のご利益がある。
三重塔の隣にあるお地蔵さん、鎌倉地蔵は無実の罪を晴らすご利益がある。
縁結びやら安産のお寺は多いけど、こういうのは珍しい。
疎水沿いの桜の木の下を通って、スーパーで買い物をして帰る。
疎水の桜
 毎日、店番をしていると、ついつい運動不足になる。
コースを決めて、朝に深呼吸しながら歩くと頭も冴える。
頭だけでなく感も良くなって、TV番組で
「この道具はいったい何に使うのでしょう?」
「この人たちは何をする人でしょう?」
なんてクイズでも良く当たる。
正解率80% ! 嘘八百!

最近、賢くなったような気がします。。。エヘッ。

  by mikiris


第113回(2009年5月1日フランスの鉄鍋

 3年前から「いつか欲しい物リスト」に入っていたフランスの鉄鍋ル・クルーゼ。
ついに手に入れた。
鍋1個のわりには高いので(1万8千円!)、買う気力がありませんでした。
クレジットカードのポイントでもらえることがわかって申し込んだ。
直径16cmの両手鍋で、五寸皿の大きさ。
これで2kgもある。他の鍋に比べたらすごく重い。

 この鍋のすごい所は蒸し煮ができること。
何でもかんでも掘り込んで、50ccくらいの水を入れて蓋をする。
とろ火で10−20分、蒸気で食材がふっくらと出来上がる。
中身が動かないので魚の煮崩れもないし、短時間で味がしみ込む。
野菜や魚、肉の水分で蒸し煮をするので味がギューッと凝縮。

 どんなしたら毎日、手抜きをして美味しい御飯が食べられるかが大きな課題だったけど、これでかなり解決。
その日の気分で家にある材料を適当に切って、ルクに入れる。
洋風なら塩、胡椒、ハーブをまぶして、最後にオリーブオイルをチラッとかける。
和風なら砂糖、塩、醤油、酒に鰹節か昆布を入れるだけ。
炊飯器のスイッチと同じ時にとろ火にかける。
御飯が炊ける時にルクの中のおかずも出来上がり。
「ルクは賢いなー」がこの頃の私の口癖。

 たまに失敗もあります。
スープ風の蒸し煮にしようと鍋に半分くらい水分をいれて火にかけて20分、水分は全部ふきこぼれてしまった。
レンジの周りはスープがたまってべちゃべちゃ、鍋の中にはいつもと同じ、汁気のない蒸し煮料理。
汁けが多いときは蓋をせずに火にかけるべし。

 筍の煮付けを少量の調味料と水分で10分で仕上げようと思ったところ、
待っている間にPC作業をやり始めたら、「焦げ臭い!」
あっという間に30分もたっていた。
 他の野菜なら野菜の水分があるので、時間が経ち過ぎても大丈夫だけど、
筍は水分がないので、焦げてカラカラ。
幸い、気が付くのが早かったので、焼き筍になってました。
薄切りにして筍御飯にしたら、香ばしくて美味しいのが炊けた。

 いつもラッキーな私。
失敗したり、変になったと思っても、大抵、最後は万歳で終わる。
「災い転じて福となす」
この言葉が座右の銘なのです。

 by mikiris
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ルクルーゼで作った物

鰆、大根、椎茸、針生姜、山椒、砂糖、塩、醤油、酒
厚切り大根の上に鰆の切り身、椎茸を並べて、生姜、山椒の葉を散らす


ソーセージ、茄子、セロリ、人参、新じゃが、椎茸
オレガノ、タイム、塩、胡椒、オリーブオイル
出来上がりはソーセージがプッチーンとはじける。


三度豆、セロリ、椎茸、オリーブ、春キャベツ
オレガノ、タイム、塩、胡椒、オリーブオイル
鮭スパゲティの付け合せに


鶏モモ肉のあぶり焼き、春キャベツ、新じゃが、エリンギ、人参
エストラゴン、バジル、タイム、塩、胡椒、オリーブオイル
焼き色が付かないので、表面を先に焼いておくのがポイント。
今回はデパ地下で買った炭焼きモモ肉を使用。


鯛の切り身、大根、セロリ、人参、三度豆、じゃが芋、ハーブ、スープストック
汁を多くして、洋風潮汁にする時は蓋を開けて火にかける。


リンゴ、サツマイモをぶつ切りして、砂糖、塩、醤油、ブランデーを少々
甘辛のおかずの様な、デザートのような、ビタミンCがいっぱい。
砂糖の代わりに蜂蜜を使っても美味しそう。


トマト、茄子、セロリ、椎茸、三度豆、生ハム、塩、胡椒、ハーブ
ラタトゥイユ風なのでパスタと和えても良い


トマト、赤ピーマン、黄ピーマン、茄子、セロリ、椎茸、オリーブ
塩、胡椒とオリーブオイル、オレガノ、タイム
バジリコスパゲティの付け合せに


地鶏のささみ、春キャベツ、じゃが芋、塩、胡椒、醤油少し
胡麻だれで食べる←すごくお薦め!


ホワイトアスパラ、グリーンアスパラ、生ハム、塩、胡椒、ハーブ、オリーブオイル
季節柄、筍スパゲティの付け合せに


第114回(2009年6月1日リメイクは楽し

 実家の母に頼まれて、着物の整理を手伝いました。
お茶をやっている母は沢山の着物を持っている。
しかし、若い頃から整理整頓のできない性格で、洋服も着物もあちこちにメチャクチャに入ってる。
いつも、「アレは何処に行った?」 「こんなんが有ったはずや」と出かける前は大騒ぎ。
着物を着る時も引き出しを開けて、たとう紙の間に手をつっこんで覗いている。
おかげで箪笥の引き出しはガタガタ(和箪笥の引き出しを片手で開けるから)、たとう紙は破れかぶれ。

 そこで、私の出番。
私は整理整頓が得意。
店舗用品の店で着物用や帯用のたとう紙を沢山買ってきた。

 デジカメで着物や帯を1枚ずつ写真に撮り、3枚ずつ画像を印刷した。
1枚はたとう紙の上に貼り、紙には着物や帯の種類や色、季節を書く。
もう1枚は箪笥の引き出しに貼り付けて、何が入っているか一目瞭然。
もう1枚は一覧表にして、どの着物がどの引き出しかを書いておく。

 整理をするにあたって、母には派手になった着物と帯を私が受け継ぐことになった。
祖母の着物や叔母の着物も追加でもらって、かなりの枚数になった。

 「着物の引継ぎ」と言って持って帰ったはいいけど、コレ、どうしよう、、、、
20年以上、着物を着るような暮らしじゃなかったけど、この際、ちょっとした外出は着物で出かけましょう。
仕付け糸が付いたままのもあり、一度は手を通してあげないと着物が可哀相だ。
半襟など、呉服屋さんへ見に行くと結構な値段がしてる。
こんなのはお洒落で付ける物だから、何でもいいみたい。
その辺にある布で代用してみよう。

 浮世絵や江戸、明治の版画、日本画、時代劇を見るのも俄然、見方が変わった。
今までは、どちらかと言うと、時代劇を見ながらインテリアや食器に注目していた。
江戸時代なのに明治時代の箪笥や食器を使ってる!
大名や将軍の家のしつらいに蒔絵の塗り物が多い。
長屋で暮らす人の様子など、大道具、小道具に興味があった。
最近はこれに加えて着物や履物、持ち物も注意して見る。

 昔は職業や地位、年齢によって着物の決まりがあった。
着ている物や髪型で、この人は独身か既婚か、年齢は何歳くらい、職業はこんな種類とばれてしまうのだ。
検索で「着物 江戸時代」、「着物 歴史」と入れて詳しく見てみる、ふーん、へー。
今年の10月は久しぶりに「時代祭り」を見に行ってみよう。

 大正や昭和初期のチョイ古着物や帯を見ていると、時代を反映していて面白い。
祖母の着物はすごくモダン。
紺色と銀糸の市松模様の帯もいい。
叔母が嫁入りの時に持って行ったのは濃い紫色の総絞り。
超レトロな雰囲気。

 私が十三参りで着た着物もあった。
京都では数え年で13歳になると嵐山の法輪寺へ「十三まいり」に行く。
知恵を授かりに行くのですが、帰り道で渡月橋を渡る時に後ろを向いてはいけない。
振り返ると知恵を落とすと言われてる。
春や秋に嵐山に行くと子供が着物姿で歩いてるのを見かけるかも知れません。
その子は数えで13歳、七五三ではないんですよ。

 大切に保管していても、薄い色の着物や帯はうっすらと汚れてたり、日焼けしている。
古いレースも同じだけど、糊が変色してポツポツとシミになってるのもある。
祖母の若い頃の帯などは絹糸の刺繍が擦り切れて、汚れもかなりなもんです。

 着物は買う時は高いけど、売るときは二束三文なので、なんとか有効利用を考えなくては。
今年に入って忙しい毎日だったけど、4月で一段落。
しばらくは自分のやりたい事に時間を使うことにした。
店は店主にまかせて、私は布を切ったり、繋いだり、リメイクして1人遊びをすることにした。
早速、帯を解体して数奇屋袋と手提げバッグを作った。
着物のコートをレイヤースカートに、結城の着物をスプリングコートに。
材料は山ほどあるので、退屈しない。

 着て出かけるのも、現代風にアレンジしてみたい。
半襟にアンティークレースやホワイトワーク、色糸のリボンを使ったり、ニードルレースやケミカルも面白そう。
帯止めも何か工夫できないかなぁ。
あれをこうして、これをこんな風にアレンジして、と四六時中、頭の中でグルグルと考えが巡る。

 毎日、楽しく遊んでいたら、ドドーンと大量のレースが到着した。
今回はリボンや端切れが多くて、小さな物ばかり2000点はある。
アイロンをかけて袋詰めをして2週間でも終わりそうに無い。
新入荷のレースで「イリスビス5周年」の企画展を予定しているので、その準備もある。

 遊びはこれくらいにして、お仕事、お仕事。
仕事も嫌いじゃないし、楽しいけど、遊びの時間はもっと楽しい。
ササッとやっつけてしまって、又、次の遊びを考えよう。

 by mikiris


第115回(2009年7月1日元気になりました

 2007年の11月に心臓の弁と大動脈を人工にする手術を受けて、早や、1年半が過ぎました。
最近、会う人ごとに、
「元気そうやなー」 「顔色がいいなー」と言われる。

 手術の後、先生や看護婦さんに
「どうしたら早く良くなりますか?」 とか 「これをしたら良いとか、悪いとか、アドバイスはありますか?」
と聞いても、いつも答えは同じ。
「普通にしてたらいい」・・・普通って何?

 退院後、相変わらず、どこもちっとも痛くなかったので、重いものは持たなかったけど、普通の生活。
買い物に行ったり、散歩したり、家事もPCも店の手伝いも。

 1月に入って、そろそろ術後2ヶ月も経つことだし、もう完全に治った気分。
首の下から22cmの傷跡は赤いけど、全然平気だ。

 本当なら死んでたかも知れないのを生還したので、これからの人生を無駄に過ごしてはいけないと思った。
将来、どんな人になりたいか考えて、「字の綺麗なおばあさんになろう」と決心。
早速、ペン習字の本を引っ張り出して、正座して1時間。
一心不乱になってるうちに姿勢が悪くなってた。

 今日はこれくらいにしておこう、とサッと立ち上がったとたん、、、
「イッターイ!」 
バリッと猫に傷を引っかかれた感じ。
絶対に傷から血が出てると思って見たけど、見た目はどうってことない。

 それからが悲劇の始まりだった。
四六時中、剣山の小さいので傷をグサグサと刺されている感じ。
何もしてないのに、急にチクチク、ブスブス。
いつ刺されるか、気を許してるとチクーと刺される。
痛みには鈍感な方で、生まれてから今まで、あまり痛いと思った経験が無い。
どっちか言うと、頭で痛いと思う前に身体が痛がっていて、涙が出てくる。

 今回は一日に何度も涙がポロンと出て、生まれて初めてホントに痛い。
これはアカン、と病院へ。
内科の主治医の先生に痛み止めの頓服を処方してもらって、薬局へ。
薬剤師さんが「これはきつい薬なので、必ず食後に飲んでください」
えー、でも、食後はあんまり痛くないんだ。
結局、痛み止めの頓服を飲むチャンスはなかった。

 ようやく、傷のチクチクも一段落して、外科の主治医の先生の診察日。
「傷がバリッとなって痛かった」と言うと、先生はあっけらかんとして
「そんな事したら、痛いよー。痛み止め、出してもらった?」
他の人も痛いんだろうか、、、

 女の人は男に比べて、お腹を切ってる人が多い。
誰もそんな事は無かったかのように普通に生活してる。
リサーチしてみると、やはり、切りたては痛かったようだが、皆、忘れてる。
無理に思い出してもらっても、「さぁー、痛かったけど、その後は痒かったなー」
「その時は傷に布がすれるのがイヤでパンツがはけなかった」
去るものは日々に疎し、、喉もと過ぎれば、、そのうち、私も忘れそう。

 術後4ヶ月経ってヨーロッパへ行った。
海外旅行に際して、一番の心配は空港のセキュリティチェックを通れるかどうか。
胸骨を切った後、針金でくっつけてある。
セキュリティチェックのゲートを通る時に金属で引っかかるんじゃないかと心配。
「何も持ってません、怪しい物はありません」
この年になって人前でストリップするのか、と覚悟を決めて出かけた。

 針金はチタンで鉱物なので、金属探知機に反応しないと聞いたけど。
最近はチタンの拳銃もある。
やっぱり、鳴るんじゃないかなー。

 結果は、一度も引っかからず。
並んでいる前後の人は音がピーピー鳴って、ポケットの中身を出して、ベルトをはずして、
ハンディの探知機で上から下までチェックされてたけど、私は一度も鳴らず。
ほっとしました。

 半年経った頃は自転車であちこちサイクリング。
上賀茂へ行ったり、京都の北の方へ良く行った。
京都は町が坂になってるので、南へ行くと帰り道がずっと登りになる。
北へ行くと帰り道が下り坂で楽。
もう、この頃は切った傷を見なければ、手術したことも忘れてる毎日。

 普通に生活しているけど難儀な事もある。

 機械弁や人工血管を入れると、身体の異物なので、血栓がそのあたりに付きやすくなる。
血栓が溜まったり、くっついた塊が剥がれて脳の血管につまると大変なことになる。
そのため、定期的に検査をして、血をサラサラにする薬の量を調整する。
薬の量は体調や他の薬との飲み合わせ、食品にも影響される。

 仕事の忙しい日が続いたり、羽目をはずして遊んでいると、知らない間にあちこちが青くなってる。
青地味を見つけたら、疲れている証拠と少し休む。
気分が良くて、ちょっと大目にビールや酎ハイを飲むと鼻血。
すっぽんを食べに行った時も、倒産セールに行くので張り切っていた時も鼻血。
外出する時のマスクは必需品。
鼻にティッシュをつめてマスクをしたら、花粉症かインフル予防の人みたい。

 薬のせいで他の人よりも血が止まりにくい。
鼻血は1分で止まる時も30分も出てる時もあり、難儀です。
怪我をしても、昔より治りにくい。
歯を抜いたり、他の病気になって手術する時に薬の量を調整しなければならない。
そう簡単には虫歯になったり、他の病気になれない。

 今は内科の主治医の先生が「将来、困らないように」と常に全体をチェックしてくれるので安心。
薬嫌いでわがままで口答えをする患者なのですが、いつも、親身になって診てくれる良い先生です。
外科も内科も歯科も、先生に恵まれて良かったー。

 1年半経って、傷は痛くないけど、見た目がチト悲惨な状態。
5ヶ月経った頃に、急に傷が成長しだしたから。
今は縮みつつあるところ。
見た人は「痛々しい」 と優しくしてくれる。
皆に大事にされて、ちょっと得かな。

 「独り言を読んだ」と沢山の方からお見舞いの言葉をいただきました。
有難うございます。
ホントに元気になって、こんな感じです。
2009年6月1日、八瀬離宮の中庭
 by mikiris


山椒の実

 6月になると山椒の実が八百屋さんの店先に並ぶ。
この時期に山椒の実の佃煮や塩漬けを作っておくと便利。
塩漬けは冷凍して1年間使える。
唐辛子の炊いたん、山椒じゃこ、山椒昆布など簡単に作れて美味しいです。

山椒の実は枝をとって実だけにする。
塩を入れた熱湯で10分茹でる。(実を手でつぶして柔らかくなってるかチェック)
冷水に30分以上さらす。(うっかりして2時間たっても平気)

山椒の実の佃煮
材料 山椒の実の茹でたの100g、日本酒180cc、醤油40cc
蓋の閉まる鍋で汁がなくなるまでとろ火で煮る

山椒の実の塩漬け
材料 山椒の実の茹でたの100g、粗塩(見た目で山椒2:塩1)
1日乾かした山椒の実を塩と交互に瓶に入れる
2週間ほどで塩味がつく
塩辛いので使う時は水洗いして塩気を抜いてます
冷蔵庫で瓶のまま保存

梅ペースト
材料 梅干、すり胡麻、日本酒
梅をたたいて、すり胡麻と日本酒少々を混ぜる
御飯にのせてもいいし、豆腐や蒸し鶏にも良く合う

山椒の実と梅ペーストを使って細切り昆布を炊いてみました

by mikiris


第116回(2009年8月1日淡路島へ小旅行

 海の近くで潮風に吹かれながら、花や木々に囲まれた所を散歩したい。
プールで泳いで、ジムで運動して、泡ボコボコのジャグジーでリラックス。
美味しい物も食べたい。
こんな事が全部できる場所がないかなー、と思ってたら、ありました。

 新型インフル(swine flu)のせいでホテルはどこも空いていて、キャンペーン価格。
こんなお得なチャンスを逃してはいけない。
すぐにネットで予約した。(6月中頃)

 行き先は淡路島のウェスティンホテル。
夢舞台という公園の中にある。
←夢舞台
 京都から高速道路で神戸方面、明石海峡大橋を渡るとすぐ。
途中、ポートアイランドのイケアに寄り道をした。
イケアはスウェーデンの会社で、木製のシンプルな家具やカラフルなファブリックがある。
家具や小物、DIY等、見るだけでも楽しい、けど、、、、。

「見るだけー」と思って行ったのだけど、欲しい物が色々あった。
一方通行で順に歩いていくと、店内をくまなく全部見て周れる。
結構、運動になります。

 オランダのデルフト郊外に大きなイケアがあり、何度か行った事がある。
オランダにはソフトクリームの自動販売機がある。
コインを入れるとコーンを支えた土台が微妙に上下してクリームを受ける。
日本だと券売機に50円を入れてチケットを買うと、店の人が作ってくれる。
 私は中学生の頃に「ソフトクリーム屋さんになりたい」のが将来の夢でした。
学校の帰りにデパ地下など、あちこちにソフトクリームを食べに行って、機械や作り方を研究していた。
当時の最新の機械がスウェーデン製だった。
・・後日、わかりましたが機械はアメリカのスウェーデン社でした・・

 スウェーデンは北欧3国の中でも、一番のお金持ち国。
フィンランド人の友人がいつも嘆いている。
フィンランドはじゃが芋の国で、産業がなくて貧乏。
隣のスウェーデンはイケアもボルボもH&Mもノキアもテトラパックもある。
国際展開している企業が多数あって、隣の芝生が青くみえるらしい。
フィンランドにはムーミンが居てサウナがあって、森と湖の素敵な国と思うけど。

 さて、高速に戻って、明石海峡大橋を通り、淡路島へ。
橋の上は駐停車禁止なので、写真も走る車の中からシャッターをきりました。
案外、短くてすぐに渡り終わる。
←明石海峡大橋の上
 
 橋を下りると5分ほどでホテルに到着。
部屋は全室、海に面していてベランダも広い。
書斎机、応接セット、地デジ対応の横長画面のテレビがあり、クロークも広い。
トイレ、バス、化粧室は並んでいるけど、間に扉がある。
飲み物はペットの水とドリップ式のコーヒー。
紅茶と日本茶は色々な種類が用意してある。
ホテルには珍しく、パジャマまである。
いたれりつくせりです。

 午後3時にチェックインして、まず、お目当てのフィットネスとプール。
鍵を受け取ってロッカーを開けるとバスタオルとハンドタオルが用意してある。
入り口には自由に使える歯ブラシ、櫛、化粧品、髭剃りなどアメニティも充実。

自転車をこいだり、ベンチプレスをやったり、他の機械にもチャレンジ。
プールで泳ぐのは数年ぶり。
泳げるかどうか、不安だったけど、23mのプールをクロールで30往復。
約1.4km泳いだ事になる。 以外に楽勝。
次回は夕食の予約時間を遅くして、2kmは泳ぎたい。
スイミングスクールで平泳ぎも背泳ぎもバタフライも習ったけど、劣等生でした。
クロールと水の中で回転するターンはできるようになった。
水の中でクルッと前周りをするのは壁との距離を上手く測るのが重要。

泳いだ後は横のジャグジーでリラックス。
ドライサウナとスチームサウナもある。
更衣室の中には大きなお風呂とサウナがある。
ここでもう一度、リラックス。
マッサージもエステもあり、見てると良さそうな感じ。

 夕食はオーガニック野菜と淡路牛、三田ハムなど地産地消だった。
牛肉が苦手で1年に1回、食べるか食べないかの私でも、淡路牛のローストビーフは美味しかった。
全然、臭みがない、あっさりしたお肉でした。

 淡路島は玉葱が有名です。
実は、私は小学生の頃以来、玉葱が苦手で食べてない。
玉葱が嫌いというわけじゃない。
食べると、翌日に貧血でフラフラになる。
 でも、食い意地が張っているから、ちょっと食べてみた。
今までの玉葱と全然違う。 ツンとした感じがない。
玉葱を煮た物はズッキーニのような甘い味。
オニオンスープも甘くて、こくがある。

 食後に散歩に出かけた。
ホテルは以前に花博があった会場に隣接している。
会場は人工的に作られた庭園と温室、池があって広い。
海側の部分は有料で、営業時間は9時半ー6時。
山側の公園は24時間、自由に散歩できる。
←公園(百段園とプロムナード)
 もう、遅かったので、山側の公園へ行った。
夜の公園は、誰も居なくて、風が木の葉を揺らす音がする。
伸び伸びして、広い道のど真ん中を歩く。
”猪に注意”と書いてある。
安藤忠雄さんの設計による迷路のような散歩道を足元の小さな明かりを頼りに歩く。
ちょっと先の場所、「あそこに行きたい」と思っても、直線で道はない。
エッシャーの絵のようなコンクリートの道をグルグルまわると辿り着ける。
人工の川が階段のように流れていて、縁を散歩できるが、向かい側にはなかなか渡れない。
←安藤忠雄さん設計の建物
 翌朝、もう一度、行ってみたら、夜よりもわかりやすかった。
方向音痴の私でも目印がいくつもあって迷子になりませんでした。
プロムナードの上の展望台まで登ってみました。
木が覆いかぶさる細い道を抜けて、上まで階段が続いている。
しばらく誰も通ってないのか、大きな蜘蛛の巣が張っている。
展望台から明石と神戸の町が見える。
朝の散歩、1時間ほど歩いて、会ったのは庭園管理の人だけ。
公園の樹木や花の手入れは行き届いていているし、もっと沢山の人が散歩に来たらいいのにー。

 ホテルのロビーの椅子は百合の花をイメージしてある。
座ると「花の精」になった気分。
吹き抜けの明るいロビーです。


 朝食は和洋両方のバイキング。
レストランの中でも外でも食べられる。
外なら海風が吹いて気持ちがいいけど、料理を取りにいくのが面倒だ。
 もう、大食いをするような年じゃないので、ジュースと洋食を少しだけ。
パンも美味しかった。
和食は御飯とお味噌汁、鮭、玉子焼き、海苔、そんな感じ。
もっと色々あるけど、よく見てなかった。

 お土産は「道の駅」に寄って玉葱ドレッシングにしました。
香ばしくて甘くて、美味しいドレッシング。
何種類もあるけど、ガラス瓶入りのが美味しそうに見えた。
 
 すごく楽しくて、充実した1泊2日の旅行だったけど、自宅に戻ると
「あー、家が一番いいなー」
「ホテルのヘブンリーベッドより家の方が寝やすい」
「ホテルの食事もいいけど、家のいつもの御飯が美味しいなー」

 なんとも貧乏性で困った性格です。


by mikiris


第117回(2009年9月1日夏のシアター

 実家の両親は元気だけど、もう80歳。
元気だから出歩くことが多く、家に電話をしても留守がち。
出かける予定は聞いていても、電話が通じないと気になる。

 留守番電話とFAXの付いた電話を持っていって取り付けたけど、使いこなせてない。
家に居るときに留守番に設定したり、出かける時に留守番を解除したり。
何の役にもたってない。

 携帯電話の家族間通話が無料なので、手続きをして、母に携帯電話を渡した。
何度も練習して、何とか使えるようになった。
使い出すと便利なようで、固定電話を使わず携帯ばっかり。
色はゴールドでお洒落な電話。

 ついでに私の携帯も新しくした。
継続よりも新規が安いので、携帯を変える度に自分の電話番号を覚えるのが大変。
よく電話をくれる人には新しい番号も知らせなくてはならない。
しばらくは携帯2台です。

 新しい携帯はスゴイ。
テレビも見られるし、カメラもデジカメに匹敵する解像度。
もちろん、インターネットもできる。

 私にとって、一番嬉しいのは辞書が付いてる事。
前の携帯にも国語辞典、英和、和英の辞書が付いていた。
本を読みながら英単語をひくのに重宝していた。
しかし、容量が少ないので、英単語一つに1−2個の日本語の対応だけだった。
今度の辞書は電子辞書の小型版。
単語1つを引いても、かなりの語義と使い方が載っている。

 カレンダー機能と電卓はよく使う。
お財布携帯とバーコード読み取りやクーポンは未だ使ってない。
他の機能も色々付いていて、全部は使いこなせないけど、少しずつ勉強中。

 こんな事やらあんな事やら、今年の夏は雑用に追われた。
例年なら、8月は1ヶ月の夏休みをとってもいいくらい暇。
今年に限って、仕入れた品物が沢山届いたり、店もネットも何となく忙しい。
何も仕事が終わってないのに、あっと言う間に夜になってる。
「エッ、もうこんな時間! 今日も何にも仕事ができてへん、、、」
朝の6時半から夜の6時半まで12時間労働で残業なし。

 毎晩の楽しみは晩御飯と映画。
半年ほどツタヤにご無沙汰だったので、見たい映画がいっぱいある。
毎週、4−5本のDVDを借りてくる。
海外のTVドラマなら1本のDVDに40分の話が2−3本入ってる。
時間の調整がきくので見やすい。

 大好きな「CSI」シリーズもNYとベガスの新しいバージョンが出てる。
市警の科学捜査班が事件を解決する。
CSIはcrime scene investigation(クライム・シーン・インベスティゲーション)の略。
ベガスは1歩町を出たら砂漠が広がる。
NYは大都会、洗練された町で手に汗握る事件が起こる。
町によって犯罪の種類が違う。
新シーズンになって益々面白くなってきた。

CSIのベガスとNYは好きなんだけど、マイアミは気に入らない。
沼地の多い、鰐がいるような田舎で、舞台もパッとしない。
主役のホライショーが私好みじゃない。

 「クローザー」は第3シリーズが出てる。
主役のブレンダは40代の女性。
がむしゃらで上司と対立するけど、自信喪失の面もある。
特捜班のチーフに抜擢されたけど、いつも貧乏くじみたいな役回り。
無理難題を押し付けられてストレスもきつい。
シリーズ1の1作目では浮き上がっていたけど、今はチームの結束がかたい。
アメリカのTVドラマはどれも人種が混じってる。
私から見たら全員「外人」なんだけど、現実は複雑な事情もあり、社会勉強にもなります。

 「without a trace/FBI」
アメリカでは失踪事件が多いようで、失踪から何時間以内に見つからなかったらお蔵入りになる。
ベテランの部署がテキパキと対処するのに引き込まれる。
大人の行方不明も多くて、怖い。
見つかる事もあるし、見つからないことも、死体で発見されることもある。
人が霧のように消えるはずはないし、地道に足跡を辿っていく捜査が毎日続く。

 「Dr.ハウス」
感染症のお医者さんで偏屈なオヤジ。
変わった病気の人ばっかり来るけど、アレかもしれない、これかも知れない、と模索しつつ治療。
患者が助かる時と助からない時がある。
意外な事から珍しい病気になる患者さんを治療するお話。
出来事の90%が病院の中。

 海外のTVドラマは映画より面白い。
映画だと2時間の枠にしばられて結末で急いでる時もあり、イマイチなのが多い。
ドラマは何時間も使えるので、登場人物の背景も徐々に明かされる。
制作費もかなりかかってそう。

 映画で借りたのは
「ブーリン家の姉妹」
イギリスの田舎の姉妹がヘンリー8世の愛人と奥さんになる。
ヘンリー8世は最初、奥さんも娘も居たのだが、既婚のブーリン家の妹を愛人にする。
妹のメアリーは大人しい性格で、ヘンリー8世とも順調。
念願の跡継ぎの男の子もできる。
そこへ姉のアンが茶々を入れて、ヘンリー8世を誘惑する。
ヘンリー8世はアンの要求を受けて正妻と離婚する。
アンは美人でやり手で気が強い。
それまでイギリスはローマカトリック教会に所属していて、離婚禁止だった。
離婚をする為にローマと別れてイギリス国教会を作り、自分が長になった。
ヘンリー8世とアンは結婚して、女の子が生まれる。
この女の子、エリザベスが王室の後を継ぐエリザベス1世になる。
実話を映画化したもの。

画面が暗い、真面目な映画が嫌いな私でも早送りせずに見られた。
借りてきて面白くない時は早送りで見るんです。

「バンク・ジョブ」
これもイギリスの実話を映画化したもの。
王室のスキャンダルになる写真をネタに裁判で何度も無罪になる男がいる。
この写真を取り返すために車の修理工場のオヤジが銀行強盗を持ちかけられる。
昔の彼女から持ちかけられた話だが裏にイギリス政府が絡んでいる。
裏工作とスパイと嘘と汚職警官、誰を信用していいのかわからない。
パディントン駅や地下鉄の駅、今のロンドンは1971年からほとんど変わってない。
洋服やちょっとしたディスプレイのレトロな雰囲気がいい。

「ルパンの消息」
日本の映画も面白いのが色々ある。
横山秀夫さん原作の映画化。
昔、学校で屋上から落ちて亡くなった先生は、実は他殺だったというチクリ情報が入る。
当時の関係者を警察の取り調べ室に呼んで事情を聞く。
高校生の溜まり場だった喫茶店のマスターは3億円事件の重要参考人。
一人一人の話が絡まっていって、思い込みや誤解が明らかになる。

「震度ゼロ」
ルパンの消息と同じ、横山秀夫さんの小説を映画化したもの。
阪神大震災の日に新潟で刑事が1人、行方不明になる。
極秘に調査するけど、みつからない。
警察の中でエリート組みと叩き上げ組みの牽制があり、情報を隠したり、色々ある。
自分だけいい思いをしたいと言うのは誰にでもあるけど、嘘をついたり、誤魔化してまではできない、みたいな。

「プロデューサーズ」
続けて4回も見てしまいました。
メルブルックスが1968年に脚本でアカデミー賞をとった映画をブロードウェイのミュージカルにして上演していた。
これを再度を2006年に映画にしたもの。
これだけで期待できる。
ミュージカルのプロデューサーのマックス、当たらないので嘆いてる。
計理士のレオが帳簿を見て、舞台が当たらないほうが儲かってると言う。
それなら、最低の脚本に最低の配役、最低の演出で作ろう。
ナチスかぶれの脚本家とゲイの俳優、演出はその恋人のゲイ。
出資者はマックスの恋人達で町中の老婦人達。
しかし、舞台は大当たり。
展開が速くて、曲も歌もいいし、笑い転げて見られる。
最初の2回は日本語字幕で見て、後の2回は英語字幕で見た。
聞き取りにくかった部分も字幕で補足されるとわかりやすい。
最後の最後、タイトルが終わって、メル・ブルックスが出てきた。

 映画の中の歌「You can do it」「I want to be a produceur」「That face」
「Springtime for Hitler and Germany」「Have you ever heard a deutsch band」
すぐに覚えられる歌詞とメロディ。

3回見終わった後
「もう1回、見たいなー」と言うと
イリス店主は
「一緒に歌わないと約束するなら見てもいい」と条件付きのOKを出した。
おかげで私は欲求不満になってしまって一日中、1人でハミング。
もう1回借りてきて、夜中に1人で歌いながら見ないと収まらない。

by mikiris


第118回(2009年10月1日西洋古民藝

 最近、西洋古民藝にちょっと興味がある。

 きっかけはイギリスのウィンザーチェアです。
実家の父が気に入って使っていたものが、私の手元に来た。
堅い楡の木で全体を作ってあり、座面やアームは手彫りの暖かさがある。
背もたれに胡桃の根を使ってあり、木目が楽しめる。
座り心地もいいし、インテリアとして見てもいい。
外国の椅子は靴を履いて座るので、室内に持ってくると少し座面が高くなる。
その高さが私にぴったり。
ウィンザーチェア
 椅子はビクトリア女王の時代の物でヨークシャーで製作されたと思える。
資料を見てみると、この地方のウィンザーチェアの特徴を備えている。
木の物も温かみがあって、いいなぁと思った。

 古民藝は古い生活道具全般を意味するので骨董のジャンルとしてすごく曖昧。
古伊万里とか古布、箪笥、掛け時計など品物で分野が決められない。
古伊万里でも古民藝の分野に入るものと入らないものがある。
初期伊万里は古民藝、藍柿は洗練されていて古民藝と言えない。

 古民藝の本をいくつか見たけれど、一般人の持ち物なら何でもありの感じ。
私の中では、古民芸の定義は・・美術館に展示してない物。
陶器や磁器、布、ガラス、金属、木、石、紙、あらゆる素材の古い物が骨董品で、
それを古美術と古道具に分けて、古道具の中でガラクタと古民藝のジャンルがある。

 万博公園の中に大阪日本民芸館があり、年に2回企画展がある。
そこで展示品を念入りに見て、お勉強。

 古民藝は味があって、見た目に美しい物もあるけど、一歩間違うと田吾作ちゃん。
やみくもに古いだけの生活道具を集めたら、センスの無い田舎家になってしまう。
ちょっとの差が大違い。
物を見る目も美意識も上達しないと、良いものが手に入らない。

 民芸館で展示されてるのは素敵な物ばかり。
特に今春、大阪の特別展で展示されたのはダントツに素敵だった。
あのように美しくて力強い生活道具は、作られた当時から稀な物だったと確信する。
骨董業界に居るので良くわかる。
あんなのが欲しい、こんなのが欲しいと思っても手に入れるのは至難の業。
目的を持つのは毎日に張りがあるので、日々、アンテナを張り巡らせておく。

 民芸館の常設展にスリップウェアがある。
イリスの店主はスリップウェア好きで、オランダへ行く度に仕入れていた。
最近はイギリスのスリップウェアにも食指を伸ばしてる。

 オランダのスリップは小振りの器が主で価格はリーズナブル。
イギリスのは厚みがあって、皿もボールも大きい。
大皿料理をオーブンで作って、そのまま食卓に出す為の食器が多い。
大きくて厚手の陶器なので壊れやすいのが難点。
縁が欠けたり、ひびが入ってるのが普通。

 イギリスのスタフォードシャーやデボン地方で多く焼かれていた。
産地でも消費されたが、ロンドンへも多数売られた。
今でも、テムズ川の川原でスリップウェアのかけらが見つかる。
淀川のくらわんか探しのように、早朝からテムズ川の川原に人が集まる。

 かけらは安いけれども、お皿はすごーく高い。
先日、イリスの店主が大きなスリップウェアのお皿を買ったところ、
税関から電話がかかってきた。
通関をするのに、品物についているインボイスがおかしい、みたいな内容。
私がインボイスの内容を一行ずつ説明しても、お皿の値段に納得いかない様子。
「こんな、割れた、汚れたお皿がこんな値段するはずないですよね」と税関の人。
内容を確認して、荷物をほどいて中身を見ている様子。

「あのー、それ、その値段なんです。200年前のお皿なんです。
 骨董品で通関してもらえますか?」
「信頼できる機関の証明がないと骨董の通関は無理です」
 100年以上経過した骨董品には関税がかからないのです。

 数日後、お皿は家に届いて、小額の関税がかかっていた。
お皿が届いて、店主は大喜びだけど、私は複雑。
「もぅ〜、税関の人にあんな事言われて、かっこ悪いわー」

 興味のない人にはお宝もガラクタに見えるのを再認識した出来事でした。

by mikiris


第119回(2009年11月1日秋の散歩道

 哲学の道は南禅寺から銀閣寺にかけての疎水沿いの道が良く知られているけど、
銀閣寺道の交差点から西へ、京都大学グラウド沿いに北へと続きがある。
 京都の七不思議の一つで、町は北に行くほど高く、南は低いのに疎水は北向きに流れている。
哲学の道
 哲学者の西田幾多郎が散策したのはこちらの哲学の道と言われている。
住宅街の裏を通るひっそりとした道、藤棚のある広場、道沿いには四季折々花が咲く。
朝夕に近くの人が散歩に通るくらいで、観光シーズンでもほとんど人はいない。
駒井邸
 ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した駒井邸はこの道沿いにある。
ヴォーリズは明治38年に滋賀県の高校に英語教師として来日した。
その後、設計事務所を開設して、病院や教会、学校、個人宅など多数の西洋建築を設計した。
私の母校の同志社大学のアーモスト館と啓明館もヴォーリズの設計。

 駒井邸の隣には銀月アパートメントがある。
かなり古い西洋建築で家賃2万8千円のアパート。
建物全体がレトロでお洒落。
2階の窓がすごくいい。
部屋にはお風呂もトイレもないけど、順番待ちの人気物件らしい。
銀月アパートメント
 この辺りにはセンスの良い家が多くて、通り道を少し変えると新しい発見がある。
少し先には叔母の家があり、散歩のついでにお菓子やちょっとした物を持っていく。
叔母が育てている薔薇の花とマーガレット、ミントを貰って帰る。
往復で1時間程の散歩コースです。

 イリスから西に行くと吉田山、真如堂がある。
その続きに「黒谷さん」がある。
正式名は金戒光明寺。
1175年に法然上人がこの山でお経を唱えたのが発祥の寺。
黒谷さん
 春は大きな桜の木が満開になって美しいけど、秋はもっといい。
秋空と紅葉、広々とした境内とお寺の建物のバランスに伸び伸びした気分になる。
広い墓地があって、墓地の中を散歩するのが私のお気に入りのコースです。
江戸時代のお墓や楕円形のお坊さんのお墓。
高野山にあるような梵字を書いた石を積み重ねたお墓。
会津藩の藩士達のお墓もある。
年代をチェックしながらグルグル歩く。
墓地の中、文殊の塔まで階段を登ると京都を一望できる。
町の様子を見張るのには絶好の立地だ。
文殊の塔から京都市内
 黒谷の墓地を通り抜けると真如堂の裏庭に出る。
ここから白川通りへ降りて、帰る。
このコースも1時間。

 先日、お墓参りを兼ねて、銀閣寺から南禅寺方面へ哲学の道を歩いた。
哲学の道
若王寺、永観堂の前を通り、野村美術館と東山高校(京都の人はガシコーと呼ぶ)に挟まれた道を抜けると
南禅寺の裏口に突き当たる。
南禅寺北門
私の実家のお墓が南禅寺の塔頭(たっちゅう)にある。
お参りを済ませて、南禅寺の表の道から出る。
白川通りを北に進んで自宅へ。
1時間半の散歩道で仕事前にはちょっとハード。

 吉田山は頂上へ行くルートが何本もある。
山を越えて京都大学の時計台前を通り、百万遍を経由して今出川通りを帰る。
京都大学時計台
百万遍に大きなドラッグストアができたので、時々、買い物に行く。
百万遍という地名はこの交差点にあるお寺、知恩寺の通称。
1331年に疫病が流行って、知恩寺のお坊さんが百万遍、お経を唱えたのが名前の由来。
普段はガランとして何もないお寺だけど、毎月15日に手作り市がある。
手作り市は始まった頃は閑散としていて、骨董屋さんも出ていた。
現在、フリマと青空市を合わせたような感じ。
プロもアマも両方が露天を出している。
人がごった返して大盛況の様子を横目で見て通り過ぎてます。

 毎年、10月末から11月の連休にかけて百万遍で「秋の古本まつり」がある。
今年は10月30日から11月3日まで。
京都の古書店が集まって、秋空の下で売り出しとオークション開催。
絶版の本やカタログを探すのにも、冷やかすのにも楽しい場所。
百万遍知恩寺の古本市
 散歩の途中であちこち寄り道するのも楽しい。
店の開店時間までに戻らなければならないのがネック。
午前10時半迄のシンデレラ・リバティー。

by mikiris


第120回(2009年12月1日仕事に使命感

 いよいよ、来年の春に店を引越しすることになりました。
年初から実家の診療所をボチボチ片付けていたのですが、夏に急展開。
久しぶりに診療所を見に行った両親が家の様子にショックを受けた。
5年も空き家で放ったらかしの家は床も浮いてきて、風通しもしてないので、全体に傷んでる。
「誰も行かないので、家が泣いてる。
 あそこを店に使って」

 8月、9月の2ヶ月間は毎朝、大掃除に通った。
色々な物を骨董の競り市で売ったり、使ってくれそうな人にプレゼントしたり。
父は技工も自分でしたので、入れ歯や差し歯に使う義歯も大きなダンボールに1箱で入りきらない。
これは現役歯科医の従兄弟に受け取ってもらった。
注射針や注射器、麻酔の薬や劇薬の処分も従兄弟が引き受けてくれた。
定期的に回収業者が来て、回収袋に入れたのを持ち帰る。

 家は保護地区の中にある明治時代に建てられた京町家。
何度も改装が加えられ、昭和20年代には両親が洋風に大改築した。
しかし、井戸も台所のおくどさんの跡も吹き抜けも残ってる。

 本来の和風の町家に戻そうと思い、
京都市の町屋耐震改修助成を受ける為に市役所へ相談に行った。
7月末に行ったのだけど、
「今すぐに申請書を出しても、審査は来年になる。
その審査にも通るか通らないか、わかりませーん」
と係りの人は面倒くさそう。
 
 審査が通ったら、京都市が指定する工務店に工事を頼まなければならない。
無駄に時間が過ぎるだけのような気がして、補助金はあきらめた。
その代わり、条件に縛られること無く、好きに建てられる。
今年の町家耐震改修助成の申請は5軒だったと新聞記事にあった。

 京都の銀閣寺近くに店を開けてほぼ20年。
静かな住宅街の中で骨董の店を続けてきました。
繁華街や骨董店街の店じゃないので、来て下さる方には不便な場所でした。
私にとっては自宅兼店で楽な面ばかり。
起きている間はいつでも仕事ができる。
問合せがあっても商品が横にあるので、すぐに返事が出来る。
来店されるお客様は1日に数人、なので店番をせずに家の用事ができる。
通勤がないので、運動不足になるのだけが難点。

 数年前から店を引越しする話は何度も出ていた。
移転先は京都の町のど真ん中、繁華街の一角。
生まれた時に住んでいた家だから、どんな環境か良く知ってる。
「そんな所に引越ししたら、空気も悪いし、通勤するのも大変や」
話が出ても、消極的でウヤムヤにしていた。

 ところで、20年前に何故、骨董の店を開けようと思ったかは、骨董好きの両親について子供の頃から親しんでいたのもあるけど、
大人になってフランスやイタリアへ行って蚤の市、骨董店を見て回ると、家にあるのと同じような物が並んでる。
しかし、両親が買っているのと値段がすごく違う。
その事がずっと引っかかっていたから。

 開店するにあたって、店名をイリスにした。
ギリシャ神話の女神の名前で伝達、メッセージの女神。
骨董品は人から人に伝わる物。
店はその伝達係になれたらいいと思った。
古くても綺麗な物、夢のあるものを扱って、沢山の人に渡したい。
出来るだけ、現地で買うのに近い値段でお客様に渡したい。

 最初の頃は海外の骨董屋さんとのツテもなく、行く度に別の町、初めて知る骨董屋さんを開拓していった。
人見知りの性格で、自分から人に話しかけたりしない私ですが、仕入先では別人。
店主が尻込みするような場所や店でも、どんどん行って話しかける。
今では、家にじっとしていてもメールで珍しい品の写真が入ってきて、次の海外仕入れの時まで取り置きしてもらう。
小さな物や早く欲しいものは航空便で送ってもらう。

 ちょっと売れて、ちょっと仕入れての繰り返しで細々とやっていくので満足。
「もう、若くないから今の場所でゆっくり店を続けてたらいいやん」

  今年に入って、日経新聞でテルモのCMOの野尻さんのコラムを読んだ。
「仕事に使命感を持ちなさい」という言葉にハッとした。
イリスを開店した時に持っていた気持ちが薄れてる。
もっともっと、沢山の人に夢のある、楽しめる骨董品を伝えなければ!

 今夏に引越しの話題が持ち上がった時は両親も「今すぐ!」とせっついてくる。
勤めてたら定年に近い年だけど、人の寿命が120歳だとしたら、未だ、半分にも達してない。
何か新しくやってみるなら、今が最後のチャンスかも知れない。
2年前に手術をした経過も順調で、もう一頑張りする元気も出てきた。
店主はずっと店舗移転に色気をだしていたので、一も二もなく賛成。
話を聞いた叔父、叔母、従兄弟、親戚一同も大賛成。
グジグジ反対していたのは私1人だったみたい。

 気分が切り替わると、話はトントン拍子に進んだ。
隣近所にも挨拶して、元の家を解体して、新しい建物の間取りや素材を決めたら、後は早い。

 3月のアンティークレース展の後、家具と商品の引越しをする。
ヨーロッパへ仕入れにも行く。
新しい店の開店は5月を予定しています。
 
by mikiris


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